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第632話

それに、俺の目の前には絵に書いたようなド変態がいる。あの口振りから察するに、ビデオチャットでリモートでのセックスは経験済なのだろう。 もし仮に、俺が星を誘導して画面越しに乱れられたとしても。その姿に欲情して自家発電すんのは間抜け過ぎて笑えるから。ソレには興奮しないと語った兄貴の言葉に納得はできるが、寝盗られるのはマジで御免だ。 「ホント可愛いヤツ、こんなんでムキになんなよ。今の俺にそんな暇はねぇから安心しやがれ、クソガキ」 暇云々関係なく、この男ならヤり兼ねない。 あからさまに、機嫌が悪くなる自分。 直したい癖の一つではあるが、こればっかりは直りそうにない。そんな俺を可愛いと言った飛鳥は、余裕たっぷりで微笑んだ。 「お前の大切なモノ、もう壊したくねぇしな」 「兄貴……」 「そこはお兄様って呼べよ、やーちゃん」 素直に感謝しようと思うと、飛鳥はいつもこういうことを言って俺の調子を狂わしていく。俺はきっと、この兄貴には一生敵わない。 それが少しだけ悔しく感じ、俺は無言で煙草を咥えた。似たようなタイミングで、飛鳥も煙草を咥え、店のマッチで火を点ける。 その仕草は大人の色気漂うもので、やっぱりなんとなく兄貴との埋まらない差を感じた俺は、注がれていた酒に口をつけた。 戻ってくる頃には、この差も少しは縮まってるといいのだけれど。俺は、星のために大人になりたいし、アイツを支えてやれるだけの器がほしいと思っている。 それは仕事に対しても、私生活においても変わらない目標かもしれない。半年、情けない自分が成長する場所を与えてもらえたことに感謝だ。 星と離れて気づくことは、今の俺が考えている以上に沢山あると思う。 ……寂しいとか言ってらんねぇーしなぁ、すげぇー寂しいケド。 切ない思いを巡らせつつ、兄貴より先に煙草の火を消した俺に、飛鳥は柔らかな表情で語り掛けてくる。 「お兄様から一つ、イイコト教えてやるよ。隼ちゃんが俺に言った、お前の評価……雪君は、飛鳥と違って真面目ないい子だって。遠回しに、俺が不真面目だって言いたかったらしいけどな」 「真面目ないい子、か……」 「隼ちゃんほどクソ真面目なヤツ俺は知らねぇけど、隼ちゃんはお前に期待してる。その気持ちを忘れねぇでやって、アイツはアイツなりに苦労してっから」 竜崎さんと、仲が良いのか悪いのか……そもそもいつから知り合いなのかも分からない兄貴からの言葉は、正直謎だらけではあるが。 フッと笑った飛鳥の表情は、今までに見たことのない真剣かつ男らしいもので。嫌な予感がした俺は、兄貴が醸し出す空気に苦笑いした。 まさか自分の上司と、自分の兄貴が……なんて考えたくもねぇーし、思いたくもない。遊び人のこの男と、ボールが恋人だと言い切った竜崎さん。 天と地の差がある二人に、そんな関係あるワケないだろう……と、この時の俺は全力でそう思うしかなった。

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