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第633話
「雪夜さん、もっと……ぎゅーって、して?」
日本を経つ3日前、俺が星と過ごせる最後の2日間がやってきた。思い出作りにデートに行こうとか、色々考えたりしたけれど。
いつもと変わらない日常を過ごしたいと、可愛い星くんが言ってくれたから。俺たちは特別何処かに行くわけでもなく、荷物が纏まった俺の部屋で俺は星を抱き締めている。
「星くん、苦しくねぇーの?」
「ん、ちょっとだけ……苦しぃ」
強く抱き締めてほしいって、強請ってくれる星は可愛いけれど。俺が力を入れすぎると、線が細い星くんは折れてしまいそうになるから。
「ほらよ、こっちのが好きだろ?」
互いにソファーに腰掛けて抱き合うより、俺の上に星を乗っけてやった方がこの仔猫は喜ぶ。そう思い、俺は星を抱き上げると、俺の膝の上に乗せてやった。
「……ん、これ好き」
そう呟き、きゅっと俺の首に腕を回して抱き着いてくる星くん。寂しいと言葉にしなくても、星の表情や仕草でそのことが痛いほど伝わってくる。
この先の未来も、二人でいられるように。
互いのことを考え、海外研修行きを了承してくれた恋人。それでも、コイツ心の奥底では、膝を抱えて泣いている寂しがり屋の星がいる。
ボーっと観ていたはずのテレビも、梅雨のあいだは降り続くであろう外の雨音も。まだ昼間だってのに薄暗い室内も、テーブルの上で並んでいる二つのマグカップだって。
その全てが切なく感じてしまうくらいに、必死でいつも通りを繕う星を見るのが辛かった。
あと数日で、離れなければならない現実がやってくるというのに。甘えてくる感じとか、切なそうに潤む瞳はやっぱりすげぇー可愛くて。
「星くん、好き」
真っ黒な髪に埋もれている星の愛らしい耳に口付け、俺はそっと囁いた。
「んっ…オレも、好き」
ほんの少しの刺激だけでも、ぴくんと反応する星。それに気付かぬフリをして、星本人は俺が好きだと告げてくれる。
こんなに感じやすい仔猫のカラダを半年間も放置し、俺は夢のために頑張るなんて。言うのは容易いが、実際にこうして目の当たりにしてしまうと、不安も心配も拭うことができずに溜め息が漏れる。
……海外、行きたくねぇーな。
出てきそうになる本音をひた隠し、今は星と触れ合えることに全神経を注ごうと俺は心に誓う。柔らかな髪も、滑らかな肌も……半年、触れることが出来なくなる前に、俺は星の全てを感じたい。
「雪夜、さん」
俺にしがみつくように抱き着いている星から、小さな声で名を呼ばれる。こうしてる時、恥ずかしそうに俺を呼んでくれる星くん。
その後に言葉が続かないのは、もっと恥ずかしいコトを星が望んでいるからだ。
「どーした、星?」
そのことを分かっていても、俺は星の口から聞きたい。意地悪だと言って拗ねる表情も、照れながら俯き、どうしてほしいのかを強請ってくる仕草も。
離れてしまう前に。
全部、愛してやりたいから。
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