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第641話

雪夜さんに何もかも曝け出し、甘く蕩ける夢のような時間が過ぎて。いつ途切れてしまったのか分からない意識を取り戻してオレが目覚めると、オレの瞼がやたらと重いことに気がついた。 「目が……しょぼしょぼ、する」 「ん、瞼こすんじゃねぇーって。今タオル温めて持ってきてやっから、大人しく待ってろ」 無意識に目を擦っていたらしいオレの手を止め、雪夜さんはベッドから抜け出し、レンジで温めたタオルを持ってきてくれる。 まだボーッとする頭は上手く働かないけれど、瞼の上にふわりと置かれたタオルはとっても温かくて。 「気持ちいい、雪夜さん」 雪夜さんの姿が見れないのは、ちょっと寂しく感じるけれど。オレがそう呟くと、雪夜さんはオレの頭を優しく撫でてくれた。 「カラダ辛いだろ、泣かせ過ぎたな」 「大丈夫じゃないけど、大丈夫です。オレ、とっても幸せ者だなって思うから」 気遣ってくれる雪夜さんの優しさが嬉しい。 確かに今日は手加減なしで、容赦なく食べられてしまったけれど。欲しいと強請るのはいつだってオレの方で、雪夜さんは何も悪くないんだ。 それなのに、行為の後は必ずオレを綺麗にしてくれてあって、優しい言葉を掛けてくれる。その上、今日は腫れた目元のケアまでしてくれるんだから、至れり尽くせりだ。 大事に、大切にしたいって。 雪夜さんのその気持ちが、こうした時に如実に現れる。それを受け取ることができるオレは、幸せ者以外の言葉が見つからなかった。 「星、ありがとう」 感謝とともに、雪夜さんの手がオレの手の上に重なった。雪夜さんが傍にいてくれる今、オレは雪夜さんに話したいことがたくさんある。それは、オレと雪夜さんのことだけじゃない。 なんとなく、今なら言っても大丈夫かなって思ったオレは、ボゾボソと喋り出した。 「雪夜さん、あのね……兄ちゃんが、変なの。兄ちゃんの匂いがしなくて、女の人の匂いがして。兄ちゃん、優さんと何かあったのかな……」 雪夜さんにしか話せない、兄ちゃんのこと。 ずっと気掛かりだったけれど、兄ちゃん本人には訊けなくて。小さな声で話していたオレの口を、雪夜さんは甘く柔らかな唇で塞いだ。 「心配すんな、大丈夫だ」 「でも……兄ちゃん、なんだかとっても辛そうでした。それに、オレあの匂い好きじゃない」 「心の声がすげぇーな、星くん。そんなに香水キツかった?」 瞼の上のタオルが少しずつ温かみを失っていく感覚は、オレをちょっぴり切なくさせるけれど。オレの発言に、雪夜さんがクスッと笑ったような気がして。 オレはとても正直に、あのとき感じたことを雪夜さんに話してみようと思った。 「なんか、兄ちゃんからすごく甘ったるい匂いがしたんです。ケーキとか、スイーツとか、そういうのじゃなくて、食べられない甘さの匂い」 「……まぁ、言いたいことは分からんでもないけど。食べれない匂いって、お前らしいな。女特有の甘ったるい匂いは、俺も苦手だ」 そう言いつつ、雪夜さんはオレの手に指先を絡めていく。雪夜さんの表情は見えないままだけれど、温もりを感じられることが嬉しかった。

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