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第642話
「良い香りの判断って、人それぞれだから難しいですよね。香水も、香りすぎるとよくないし……でも、兄ちゃんはいつもの王子様な香りが似合ってると思うんです」
「光が普段どんな香り纏ってるかなんて、覚えてねぇーし、興味ねぇーけど。俺らの中で、アイツは王子のままだからな」
「兄ちゃんって綺麗だけど、女性らしいイメージはないじゃないですか。西野君みたいに、女の子っぽいなって思う部分もないし」
「ランみたいに長髪なわけでもないし、あのオカマ野郎も元は男だけど……とにかく星くんは、光に得体の知れない女が近づくのが嫌ってコトか」
不安を雪夜さんに話したら、なんとなく整理されたオレの気持ち。雪夜さんが言うように、オレはよく分からない相手に兄ちゃんを取られるのが嫌なんだ。
「兄ちゃんには、優さんがいるから……オレ、優さんの隣で笑う兄ちゃんが好きなんです。だから、邪魔しないでほしいなって勝手に思っちゃった」
「なるほど、そりゃ可愛い嫉妬だ」
雪夜さんの優しさに包まれると、つい本音が洩れてしまうけれど。わがままで、全然可愛くなんかないのに……オレのことを可愛いと言う雪夜さんは兄ちゃんのことを信用しているんだと思った。
「オレ、ハートマークがいっぱいのLINEの通知を見ちゃったんです。光くん大好きって……名前までは確認しなかったけど、あれはたぶん女の子からです」
「アイツの取り巻きアホみてぇーに多いから、特定の誰かってワケじゃねぇーと思う……ただ、その感じだとお前が不安になるのも無理ねぇーな」
「その子、連投すごくて。兄ちゃんがオレの部屋で寝ちゃった時、ずっとスマホ鳴ってたんですよ。あまりにうるさかったから、オレ兄ちゃんの部屋にスマホ放置して逃げましたもん」
「あー、地雷系に付き纏われたか……とりあえず、優には俺から連絡入れとく。だから星くんは、光の前でいつも通りに笑ってやって」
きっと、雪夜さんは何か知っているんだ。
でも、それをオレに話してくれないのは、兄ちゃんのためなんだと思った。
「光と優のコトは、俺が帰ってきたらどうにかするから……それまでは、王子と執事の好きなようにさせてやってほしい。あと少しだけ、王子の我が儘に付き合ってやろうと思うから」
俺がどうにかするって、そう言ってくれた雪夜さんをオレは信じようと思う。オレにできないことでも、雪夜さんなら兄ちゃんを笑顔にできるのかもしれない。
「雪夜さん、兄ちゃんね……雪夜さんの写真とか、優さんの写真を部屋に飾ってるんです。兄ちゃん、きっと雪夜さんのことも優さんのことも大好きだなんだと思う」
「お前のこともな、光はすげぇーいい兄貴だ。悪魔のクセに優しすぎんだよ、アイツ」
「でも、雪夜さんも兄ちゃんのこと好きでしょ?」
「まぁ、それなりに」
言葉を濁した雪夜さんは、オレの手から指を離してしまう。けれど、香ってきたブルーベリーの甘い匂いにオレの頬は緩んでいく。きっと雪夜さんは照れ臭そうに笑って、煙草を咥えているに違いないと思うんだ。
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