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第643話

温かいタオルが今度は冷たいタオルに変わって、ひんやりする目元が気持ちよく感じる。さっきまであった瞼の重さが、少しずつ和らいでいく。 「オレ、兄ちゃんたちといる雪夜さん好きです。弘樹といる雪夜さんも好きだし、ランさんと戯れてる雪夜さんも好きです」 顔を見て、直接言うのは照れ臭いけれど。 目隠しと変わらない今の状態なら、雪夜さんにたくさんの好きを伝えられる。 「俺もお前が光といるとき好きだし、なんだかんだで弘樹といるお前も嫌いじゃねぇーし、俺は星くんの全てが好きだ」 ちょっぴり恥ずかしくて、とてつもなく嬉しい言葉を二人で言い合って笑い合う。雪夜さんといると、いくつもの好きが溢れてくるから不思議だなって思うんだ。 「……雪夜さん、離れていてもオレのこと好きでいてください。浮気しちゃ、ダメです」 「しねぇーよ、バカ……って、ソレを言うならお前もな。俺以外のヤツに、絶対懐くんじゃねぇーぞ」 愛おしすぎて。 オレも雪夜さんも、互いに頭がおかしくなっている気がする。でも、おかしくても構わないから……今、気持ちを伝えておかないと後悔する。そう感じているのはオレだけじゃなく、雪夜さんも同様だった。 「……星、もしもの時はランのとこ行け。アイツはうっせぇーけど、必ずお前の力になってくれるから」 雪夜さんの言葉に頷くと、目の上にあったタオルがぽとりと落ちて、いっきに視界が広がった。部屋の明かりが眩しく感じ、オレは目を細めるけれど。 大好きな雪夜さんが、傍にいてくれることが嬉しくて。ベッドに腰掛け煙草を吸っている雪夜さんの腰に、オレはぎゅっと腕を回して抱き着いた。 「オレ、待ってます」 刻一刻と近づいてくる、さよならの時間。 今日が終わって、明日になって、その次の日に雪夜さんは行ってしまう。 雪夜さんのお家には、今まで通りに週末オレが来て、部屋の換気をするって約束をした。雪夜さんが最後まで持っていくかを悩んでいたステラを独りにするのは可哀想だから、オレが雪夜さんの代わりにステラを抱き締めてあげるって約束も。 部屋にいるステラは大き過ぎるし、ずっと一緒にいられるようにって。結局、手のひらサイズのステラを、雪夜さんはオレと二人でお迎えに行ったりしたけれど。 でも、そんな可愛い雪夜さんをオレは独り占めしたいから。この話はオレと雪夜さん、二人だけの秘密。 幸せだなって思ったり、やっぱり寂しいって感じたり。一緒にいて色々な感情を抱いても、最後に思うことは雪夜さんが大好きだってこと。 今度この家の扉を開けるとき、この部屋に雪夜さんはいない。でも、オレはここで雪夜さんの帰りを待っていなくちゃいけないんだ。 それは、オレが望んだことだから。 ついさっき、行かないでって言ってしまった気がするけれど……いっぱい、泣いちゃったけど。 オレは、笑顔で雪夜さんとさよならするって決めんたんだから。もう瞼が腫れることのないように、オレは雪夜さんに抱き着きながらそう強く心に誓っていた。

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