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第647話
「……おや、雪君まだ起きていたんですね」
小さなステラにキスをして、寝ようと試みたものの……結構眠りに就くことができず、俺はベッドから抜け出し大学のレポートを仕上げることにした。
そこにやって来たのは、ルームメイトになりつつある竜崎さんで。卒なく着こなしたスーツのジャッケットを脱ぎ捨てた竜崎さんは、深いため息をつき自身のベッドにダイブする。
「お疲れッスね、竜崎コーチ」
日本での仕事中は、ここまで気の抜けた竜崎さんを見ることはなかったが。プライベート大公開中の今のホテル住まいでは、隠したくても隠しきれない素の姿が現れてしまう。
それは竜崎さんだけではなく、俺も同様だ。
それでも俺より遥かに大人な竜崎さんは、一度ベッドに沈めた身を起こしてネクタイを緩めた。
「現地通訳の方のスキンシップが激しくて……僕、急激に距離を詰められるのは苦手なんです。大人としての立ち振る舞いをするのも、なかなかに大変ですよ」
「あー、確かに。こっちの人たち、距離感バグってますもんね。ボディタッチ当たり前だし、日本人の感覚通用しねぇーし」
それでも、竜崎さんは俺たちの前ではかなりスマートに対応をしていたことを考えると、この人なりに気を張っていたことが窺える。
「皆が皆、雪君のように聞き分けがいい訳ではありませんのでね……大人を相手にするのは、どうも僕には向いていないんです」
そう呟き、疲れた様子で笑顔を見せた竜崎さんはシャワールームへと姿を消した。
他国の関係者との打ち合わせや、俺だけじゃない研修生とのディスカッション。他のコーチに任せてきた日本のスクールの様子を確認したりと、まだ1週間しか経っていないのにも関わらず、仕事詰めの竜崎さんを見ている俺は、この仕事の大変さを目の当たりにしている。
単にコーチとしての役目を果たすのみでなく、それ以上を求められるのがヘッドマスターの仕事。ここまで登りつめるのには、相当の努力をしないと俺があの人に追いつくことは不可能だろうと思う。
「星、せーい……」
竜崎さんが汗を流していて部屋にいないのをいいことに、俺は無駄に星の名を呼びテーブルに突っ伏した。やらなきゃならないことは沢山あるが、まずは大学を卒業するためのレポートを終わらせないと俺は本格的にこの仕事に就くことすら叶わない。
小さなことから、ひとつひとつを確実に。
何をするにも真剣に取り組み、己の実力を知ることからスタートしよう。
そう子供達に教えている自分が、手本になるようにならなくてはいけないのだから。
「すげぇーなぁ、竜崎さん」
本人には伝えることがなかなか出来ないが、思ったことがポロリと言葉として零れ落ち、俺は苦笑いする。本当にお手本のような竜崎さんの存在は、怠けそうになる俺の意識を軌道修正してくれる。
そして、それは星への想いを強さに変えるための充分過ぎる刺激だった。
「星くん、愛してる」
愛しているから。
傍にいない今でも、俺はお前を忘れたりしない。だから、だから今日も、愛する人が笑顔で過ごしていますように。
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