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第648話

「明日も早いですから、そろそろお休みになってはいかがですか?」 シャワールームから姿を見せた竜崎さんは、まだ起きている俺に向かいそう声を掛けてくる。頭からタオルを被ったまま、ベッドに横になりふにゃりと笑う竜崎さんの容姿は、どう見ても俺より歳上には見えない。 「竜崎さんこそ、夜ふかしに向いてない気がしますけど……髪、ちゃんと乾かしてから寝ないと風邪引きますよ」 星くんと一緒にいる時の癖なのか、俺はつい竜崎さんに余計なことを言ってしまう。でも、そんな俺の言葉に耳を傾けた竜崎さんは、ガシガシとタオルで髪を乾かしつつ、俺に話し掛けてきた。 「雪君は、面倒見がいいお兄さんのようですね。研修生の中でも、雪君は群を抜いて大人びていますし……他の研修生の皆さんは、夜な夜な遊び歩いていますよ?」 「あー、俺そういうの興味無いんで」 昼間の団体行動を除けば、自由時間が多いこの海外生活。他の研修生はその時間を有効活用しようと、観光やら何やら遊び回っているらしいが。 どうせなら俺は愛する星くんと観光したいし、此処に来た目的をしっかりと果たくて。俺には遊んでいる暇などなく、吸収できる限りのものを竜崎さんから学んでいる最中だったりするのだが。 「雪君、柊コーチとはその後上手くやれていますか?初日のことがあるので、どうしても気になってしまって」 タオルドライで髪を乾かし終えた竜崎さんは、ベッドの枕に顔を埋めて俺にそう問いかけてくる。ドライヤーまでする気はないらしい竜崎さんの姿に苦笑いしつつも、俺は竜崎さんの問いに応えた。 「なんでアイツが選ばれたのか、俺にはよく分かんねぇーけど。とりあえず、こっちからは喧嘩売ってないつもりッスよ」 この竜崎さんすらも頭を悩ませる相手、竜崎さんの疲れの原因はある一人の研修生だ。 「……そう、でしたか。あのコーチは外部から引き抜かれて、うちにやってきた人材だと本部から窺っているのですが……彼、実にクセのあるコーチでして」 「ひと目見れば分かりますよ。優しそうな顔してるだけで、中身はクズの臭いしかしねぇーし」 「雪君、言葉が荒いです。でもまぁ、そう言いたくなる気持ちも分かります。初日、というより出発前から散々でしたからね」 話題に上げられている柊コーチ。 研修生の中では、最年長……と言っても、25歳だから俺とそんなに大差はない。日本を立つ前に軽い自己紹介を含めた挨拶を交わした時、俺に喧嘩をふっかけてきた野郎が、柊 侑世(ひいらぎ ゆうせい)だった。 「どんなコネ使ったのか知らないけど、学生でココにいるって場違いじゃないんですか?って……笑いながらそう言った柊コーチの言葉に、その場が凍りつきましたから。でも、雪君の大人な対応で僕は救われましたよ」 「あの場で殴り掛かるほど、俺ももうガキじゃないんで……けど、このまま大人しくしてるっつーのも性に合わねぇーから。あのクズ野郎を見返すには、コーチとして実力つけんのが一番だと思っただけです」

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