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第649話
「その言葉、是非現実のものにしてください。本部の人間が人選した上で俺は此処にいるんでって……そう柊コーチに言った雪君の姿は、とても素敵でした」
本心を明かすなら、毎日柊のクソ野郎の顔を見る度に殴ってやりたくなっているけれど。でも、そんなことをしたら研修どころじゃなくなってしまう。なにより、涙を堪えて俺を送り出してくれた星くんに申し訳ない。
そんなことを思いつつも、俺は敵状視察がてら竜崎さんが持ってる柊の情報を聞き出すべく問いかけた。
「竜崎コーチ、柊コーチってユース上がりなんッスよね?俺と体格ほぼ変わんねぇーし、引き抜かれたってコトはそれなりに実力あるんですか?」
「僕も彼が指導している姿は見たことがないので、まだなんとも言えないんですが……実力があるから、選ばれているんでしょう。彼はエリートコースを歩んできた人間なので」
高校まで、下部組織のユースに所属していたらしい柊。どこのポジションで、どのような実績を上げてきたのかは不明のようだが。
「あの様な性格を生かして、ここまでのし上がってきたのかもしれません。まぁ、でも……研修生の行動は全て僕から本部に筒抜けですから。初日の騒動で、彼は要注意人物になりましたよ」
「あの、それ俺に話して大丈夫なんッスか?」
「雪君が知ったところで、雪君が行動を改める必要はないですからね。できれば今のまま、勉強熱心な姿を見ていたいと思う程度です。それに、雪君が他の研修生にこの話をするとも思えないので」
「まぁ、確かにそうですけど。竜崎コーチ、俺のこと買い被りすぎです。俺、そこまで真面目じゃないんで」
「不真面目な人は、こんな時間にレポートを仕上げたりしませんよ。柊コーチはああ言いましたが、学生である以上、雪君は他の研修生よりハードな生活を送っているのは確かですしね」
うつ伏せの状態で枕を抱き、そう言った竜崎さんは既に瞳を閉じ始めていて。
「人を育てるのも又、人であることを忘れてはいけません。僕は指導者として、彼に何ができるのでしょうか……育ち切った大人を指導するのは、やはり……辛い、もの…で……」
「……ですね、竜崎コーチ」
枕をぎゅっと抱き締め、喋りながら眠りに就いてしまった竜崎さん。この先、俺は幾度となく竜崎さんの完全オフの姿を目にすることになるんだろうけれど。
……この人、良い人過ぎて可哀想だ。というより、電池切れの竜崎さん、星くんによく似てる。
クソ真面目の頑張り屋で、自分のことより他人を優先する人。他人のことはどうでもいいから、自分のこと優先しろよってつっこんでしまいたくなるところや、眠りに就くギリギリまで、色んなことを考えて話しているところも。
容姿は全く違うし、竜崎さんに惹かれることはないけれど。この人を見てると、星もこんなふうに大人になっていくのだろうと。
そう思った俺は、竜崎さんを起こさないよう部屋のライトを消し、星のことを考えながらようやく眠りに就いたのだった。
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