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第650話
竜崎さんと深夜に話し込んだ、翌日。
ユースクラスの見学を行った後、ホテルの一室に大の大人が閉じ込められ、竜崎さんの澄んだ声を聞くこと1時間。
「ティキ・タカ、細かく正確なパスワークで点に結びつけるスタイルを得意とするこのクラブでの見学を、日本の子供達にどう伝えていくか……U-12、15それぞれ60分間のトレーニングメニューと共に、指導内容を纏めた報告書を作成してください」
ここに集められた俺たちは、遊びに来ているワケじゃない。そう実感させられる課題を与えられ、溜息を吐く者が多いなか、竜崎さんは話を進めていく。
「提出期限は明日の16時までとしますので、データ添付の上、僕のメールアドレスに作成した報告書を送り付けてください。ここからは自由時間となっていますが、くれぐれも仕事を放棄しないように……それでは、解散して結構ですよ」
柔らかく微笑みそう言った竜崎さんの言葉で、部屋から散っていく研修生。そのなかの一人に、柊がいる。
「あ……竜崎コーチ、白石コーチと話したいことがあるので、此処にそのまま残っても構いませんか?」
そして、行動を起こしたのも柊だった。
竜崎さんに尋ねた柊は、部屋のイスに腰掛け脚を組む俺を見下ろしニヒルな顔で笑っている。
「此処は白石コーチの部屋でもありますし、僕は次のクラブチームとの打ち合わせがあるので席を外しますが、2時間後には戻ってくる予定ですので、それまではご自由に。ですが、二人とも……揉め事のないよう、慎んでください」
昨日の今日で、この状況。
部屋を出る前の竜崎さんから不安そうな表情が見え、俺は申し訳なさを感じるが。いずれは訪れるであろう時が今日になっただけで、俺はどのみちこの男と話すことになっていたと思うから。
俺は竜崎さんがいなくなった部屋で、見た目だけは爽やかな好青年といった感じの柊を見上げた。くっきりした二重の瞼に、精悍な顔立ち。ソレを主張するような短髪は黒く、ツーブロックヘアの男。
汚れた内面を悟られぬようにするため、この男は容姿で誤魔化す必要があるのだろうと思った。そんな俺の考えていることを分かっているのか、柊は腕を組んだ状態で俺に詰め寄り囁き掛ける。
「ヘッドと同室、しかも学生……どんな色目使って竜崎コーチに取り入ったのか、俺にも教えてくれない?」
「お前がソレ知ってどーすんだよ、柊」
体を屈めた状態の柊に、俺はイスから立ち上がることなく訊き返す。すると柊は、思いの外すんなりと俺から一歩後ろに下がり、そしてニンマリと笑った。
「おや、嬉しい。俺の名前覚えてくれたんだ、でも残念だなぁ、目上の人に呼び捨てだと君の評価0点になっちゃうよ?」
「目上の人?お前バカだな、俺とお前は立場が同じ研修生だっつーの。俺に名前呼んでもらえただけ、ありがたく思え」
「随分と偉そうな態度だ。まぁ、でも……今はそんなことどうでもいいからさ。さっさと吐きなよ、雪クン?」
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