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第651話
コイツはおそらく、竜崎さんが俺のことを雪君と呼ぶのを知っている。どこで聴かれていたのかは定かじゃないが、わざとらしく同じ呼び方で俺の名を呼んだ柊は、俺と竜崎さんに上司と部下以上の関係があると決め込んでいるんだろう。
柊は、色目を使って俺が竜崎さんに取り入ったと言っていた。コネを使うとなったら、人脈と金銭の話を想像するのが普通の考えだと俺は思う。男女の関係ならまだしも、俺と竜崎さんは二人とも男だ。
それなのに、何故この男がそんな思考に至ったのか……その答えは、おそらくコレだ。
「そうやって、自分のクズさ晒してお前はナニがしてぇーんだよ。俺に変な疑い持つってコトはさ、お前自身がそうしてきた過去があったりするワケ?」
「ッ……別に、学生の君が選ばれていることに疑問を抱いてるのは俺だけじゃないからね。他の研修生の意見を、代弁しているにすぎないだけだよ」
「ふーん、あっそ」
……その割には、動揺隠し切れてねぇーのが丸わかりだぜ、柊。
俺の問い掛けに、一瞬だけ唇を噛んだ柊は、その後すぐに微笑み話し出したけれど。
自身を防衛するための腕組みは解けないまま、本人は無意識なのだろうが、両腕の下で握られた拳は俺への敵対心を表している。
柊の顔を見る度、殴ってやりたいと思っていたんだが。コイツは、殴る価値もねぇー人間だ。
そんなことを思いつつ、柊と話すのが面倒になってきた俺は、柊の存在を無視してイスから立ち上がる。
「……っと、どこ行くの?まだ俺、君からなーんにも話聞いてないんだけど?」
「触んじゃねぇー、クズ野郎」
柊に腕を掴まれ、俺はその手を振り払うけれど。
……コイツ、体幹しっかりしてやがる。
俺にそう実感させた柊の動きは見事なもので、結構な力で柊を振り払ったハズだったが、柊の体は揺れることなく俺の目の前で止まっていた。
「雪夜クン、俺と、おはなし、しよ?」
単語ずつ区切られた言い方、俺と同じ目線の高さでそう呟いた柊。ニタリと微笑む柊の瞳は、まるで蛇のようだ。目は口ほどに物を言うとは、まさにこのことだろう。
絡みつくように俺を見る視線。
柊自身がヘッドの竜崎さんに近づくため、まずは竜崎さんと同室の俺をターゲットにしたって、そう柊の眼は語っている。けれど、俺はもうコイツと話すことは何もない。
「無理、キモい、ウザい、どけ」
柊の気色悪い笑みを鼻で笑ってやり睨みつけた俺は、柊と同様に言い返してやる。
すると、柊の眼が俺を刺すような色に変わった。本能的に感じる、気色悪さとコイツのヤバさ具合。挑発に更なる挑発で返した俺の選択は、どうやらコイツのキモさを倍増させてしまったようだ。
「君って、面白いんだね。思っていたより手強いなぁ……でも、俺はいい子ちゃんじゃない君の方が好みだよ。綺麗な顔して口は悪いし、君のそういうところに竜崎コーチはハマったのかな?」
……なんだコイツ、マジでキショイ。
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