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第652話
「……ねぇ、雪夜クン?」
そう俺の耳元で囁いた柊は、一人楽しそうに笑い声を押し殺す。くくっと、呻くように聞こえる柊の声はマジでキモいと思った。
星と出逢ってから、俺の周りには、バカ野郎二人と優秀で有能な悪魔が二人、アホな兄妹とオカマしか存在せず、あとは他人だったからか、地を這うように絡みついてくる柊の空気感に、拒否反応が出ているのが自分でも分かった。
「俺、お前みてぇーな趣味ねぇーから。竜崎コーチ抱きてぇーならご自由にどーぞ……ってかさ、なんならお前と部屋替わてやろーか?俺がお前とはちげぇーってコト、よーく分かると思うぜ?」
「その必要はないさ。君の態度と話の感じから、どうやら君はただの学生ってわけじゃなさそうだし。まぁ、君の運がいいだけなのかもしれないけど……それなりの実力がなきゃ、この場にはいないだろうからね」
「だったら、端から変な疑い掛けんじゃねぇーっつーの。誰にどう思われてようが、俺にはどーでもいいけど」
「じゃあ……その考え、俺が変えてやるよ。俺、君みたいな強気な子が落ちていく姿が大好きなんだ。社会がそんなに甘くないこと、俺が優しく教えてあげる」
自分がのし上がるために、手段は選ばない。
柊からすれば、俺の存在は邪魔でしかないハズだ。
教えられなくたって、大体のことは想像がつく。俺はこれから柊絡みで、他の研修生から非難の目を向けられることになっていくだろう。どこの世界でも嫌がらせなんてもんは存在するし、俺がその餌食にされたところでどうってことはない。
ただ、後々のことを考えるなら、柊のように上手く立ち回り、研修生との繋がりを深めるのがいいのかもしれないが。今は仲良し小好しする前に、与えられた仕事を確実にこなしていく方が先だ。
仕事が出来ないヤツにはなりたくねぇーし、俺は夢を持った子供達に技術だけじゃなく、沢山のことを教えられる指導者になりてぇーから。
「勝手にしろ」
そうひと言、俺が告げると柊は満足したのか、部屋を出るためにドアの前に向かう。俺より少しだけ体格のいい柊、その背中を俺が睨みつけていると、柊が振り返り笑みを浮かべた。
「雪夜クン……改めて、これからよろしく」
……お前によろしくされる筋合いなんか、コレっぽっちもねぇーっつーんだクソ野郎。
思ったことが声となって音を出す前に、俺は視線のみで柊がさっさと部屋から出るよう促す。これ以上、コイツと無駄話している時間なんて俺にはない。
柊が去り、パタリと閉まった部屋の扉。
その後、しんと静まり返る室内に漏れたのは俺の溜め息だった。
「星くん、元気にしてっかなぁ……」
どれだけ短い間でも、どうでもいい相手と過ごすより愛する星と一緒にいたい。こんな時、無性に会いたくなってしまうが、それも今は叶わない思いで。
俺は竜崎さんから与えられた課題と向き合うため、ノートパソコンを開き、その作業のみに集中するよう心細く感じる気持ちを切り替えるしかなかった。
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