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第655話
長い廊下を健史君と二人で歩いている途中、健史君が何処か心配そうな顔をしてオレを見る。
「青月、就職先は決まりそうか?」
健史君からのその言葉で、心配そうじゃなく、オレは心配されているんだと実感した。誠君も健史君もオレと同じ就職組だけれど……二人とも、もう就職先は決まっているから。
誠君は卒業後本格的にお家のバー経営に携わるみたいだし、健史君は家計を支えるために、飲食店の中でも高給なイタリアンレストランに就職が決まっている。オレだけが未だに何も決まらないまま、雪夜さんがいない日々をただぼんやり過ごしているんだ。
「オレ、何がしたいのか分からないんだ。横島先生には焦らなくていいって言われたけど、もう一学期も終わりがけだし……オレ、何してんだろうね」
自分のことなのに、オレは他人の話のように呟いて足を止めた。そうして、前を歩く健史君の背中を見つめて考えた。
オレと健史君や誠君とのこの差は、一体なんなんだろう。身長差や体格差ではなく、内面の成長具合が全く違う気がする。
勉強ができるとか、そういうことでもなくて。精神的な自立というか、責任感というか……確実に、大人に近づいている二人を見ていると子供っぽい自分が嫌になる。
自己嫌悪しても仕方ないのに、嫌わずにはいられない。そんなオレの頭の上に、ふわりおかれた健史君の手。
「何に悩んでんのか知らねぇけどさ、お前はお前らしくそのままでいればいいと思う」
撫でられるわけでもなく、オレの頭に手を重ねたまま健史君は話を続けていく。
「マコも心配してる。お前が最近笑わなくなったって……青月、心に開いた穴は俺たちじゃ埋めらんねぇもんなのか?」
「えっ……」
健史君の問いかけに、オレはびっくりして顔を上げる。オレが見上げるようにして視界に入ってきた健史君の表情は、とても優しいものだった。
「お前が笑ってんのが好きなんだ、俺もマコもな。だから……俺たちにできることがあんなら、青月の力になってやるから。あんま、気落ちすんなよ?」
そう言って、最後にポンポンっとオレの頭に触れてから離れていった健史君の手。オレに合わせて止まっていた健史君の足は、再び前へと歩みを進めていく。
雪夜さんがいなくなってから、オレは心の何処かで独りぼっちになってしまったんだって……そう思い込んでいたけれど。オレには、こんなに暖かな言葉をかけてくれる友達がいるんだと、健史君のさり気ない一言が気づかせてくれた。
健史君や、誠君だけじゃない。
弘樹や西野君だって、オレには大切に思える人がいる。
だからオレは、独りじゃないんだ。
雪夜さんがいないのは寂しいし、まだ将来のことを考える余裕なんてないけれど。でも、それでも……今日という日は1日しかなくて、その日を暗い気持ちで過ごすより、少しでも明るく過ごしていきたいから。
「健史君、ありがとう」
先に行ってしまった健史君の後を追い、オレは健史君を見上げて感謝の気持ちを告げたんだ。
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