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第656話
約束通り健史君と誠君に付き合い、学校付近のファミレスでテスト対策を行った後。家へと帰ったオレを待っていたのは、黒髪の王子様だった。
「せい、今日は帰り遅かったね。ユキちゃんって人がいながら、浮気でもしてきたのかな?」
相変わらずな兄ちゃんは、自分の部屋があるのにオレの部屋で寛いでいる。オレはそんな兄ちゃんに半分呆れつつも、普段通りを心掛けた。
「浮気なんてするわけないでしょ、友達と勉強してただけ。期末もうすぐだし、雪夜さんともちゃんと勉強するって約束したから」
オレが兄ちゃんの心配をしていることに、兄ちゃん本人は気づいているのかどうなのかわからないけれど。オレのベッドでゴロゴロしている兄ちゃんは、いつもの調子で笑っているだけなんだ。
「……せい、ユキに会えなくて寂しい?」
「うん……でも、オレが雪夜さんにお願いしちゃったし、離れることを望んだのはオレだから」
しょうがない。
そう声には出さず、オレは兄ちゃんと話しながら制服を脱ぎ捨てていく。
離れる前に雪夜さんがつけてくれた、いくつもの赤い痕は、ゆっくりと薄くなって今ではもう一つも残っていないから。切なさが募る心を隠しきれず、オレは小さく息を吐いた。
「素直じゃないなぁ……たまにはさ、わがままになってみてもいいんじゃない?」
ベッドの上にいる兄ちゃんは、そう言いながらスッと立ち上がり、オレの机の中からあるものを取り出して妖しい笑みを見せる。
「いーけないんだぁ、いけないんだぁ、せーんせいに言ってやろぉ……ってね。未成年で煙草は、お兄さん許してあげられないよ?」
「それはっ、雪夜さんのッ!」
「知ってる、そんなに慌てなくても大丈夫。せい、ユキの香り、恋しくない?」
オレに問いかけ、優しく微笑んだ兄ちゃん。
兄ちゃんの手にあるのは、雪夜さんの煙草の箱とシルバーのジッポ。
雪夜さんから預けてもらったとても大切な物を、オレはなくさないように勉強机の一番上の引き出しにしまっている。それを見事に発見した兄ちゃんは、その物の意味をよく分かっているんだろうと思った。
雪夜さんの香りが、恋しくないわけがない。
でも、オレが煙草を吸うわけにもいかず、オレは雪夜さんのジッポをもって眠るようにしているだけなんだけど。
兄ちゃんの質問に答えようとしないオレを見て、兄ちゃんは羽織っている上着のポケットから何かを取り出すと、ソレをオレに見せてくれる。
「コレ、ユキからの預かり物。ユキの恋人のせいなら、この意味分かるでしょ?」
そう言った兄ちゃんの言葉に、オレは黙って頷いた。兄ちゃんに雪夜さんが預けていった物は、雪夜さんが使っていたキューブ形の携帯灰皿だったから。
「せいが吸えないのを分かってて、ユキは俺にコレを託したんだ……ってことは、ね?」
「でも、兄ちゃん煙草吸わない人じゃないの?」
「あーんとね、肺に入れなきゃ大丈夫。金魚さんになるだけだから平気だよ、副流煙の方が体に悪いみたいだけど……まぁ、その辺は目を瞑ってるから」
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