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第658話
二本減った煙草は、会えない現実を感じさせる。ジッポと一緒に煙草を預かった時、雪夜さんがオレの前で吸っていた一本。そしてもう一本は、先日兄ちゃんがお香のように吸ってくれたもの。
でも、勉強机の引き出しの中には、大切な物が一つ増えたから。オレはとりあえず目の前にある期末テストという壁を越えるため、机に齧り付く日々が続いていた。
その努力……というより、マイナスなことを何も考えたくなくて、ただ勉強しただけのオレだけれど。あっという間にやってきてしまった期末テスト期間も、明日で終わりを向かえると思うと、心做しか気が緩んでしまう。
ふぅーっと息を吐き、机の上において置いたスマホを意味もなく手にした、その瞬間。
「うわっ!?」
手に取ったスマホが勢い良く震えだして、オレは一人で焦ってしまう。だけど、画面上に表示された相手を確認したオレは、もっと焦ることになった。
雪夜さんからの突然の連絡に、ドキドキと胸の鼓動は早くなる。離れてから初めて雪夜さんの声を聴くことになるオレは、とても緊張しながら緑色のボタンをタップしてスマホを耳に当てた。
『……星?』
「雪夜、さん」
お久しぶりですとか、元気にしてますかとか。
言いたいことや聞きたいことは山ほどあるのに、雪夜さんがオレを呼んでくれただけで胸がいっぱいになる。
日を跨いでしまうことが殆どだけど、LINEはお互いできる時間に送り合っているオレと雪夜さん。でも、声を聴けるだけでこんなにも嬉しく思うなんて、オレは考えていなかった。
スマホ越しでも分かる、雪夜さんの甘く響く声にオレは一人で頬を染めてしまう。そんなオレのことがまるで見えているみたいに、雪夜さんはクスッと笑って。
『星くん、いい子にしてるか?』
「えっと、ちゃんといい子にしてます。あの、雪夜さんは……その、研修どうですか?」
スペインのバルセロナから移動して、今はマドリードにいるって。雪夜さんはオレの問いかけに、そう答えてくれて……雪夜さんのことや、オレのこと。少しのあいだだけれど二人で話した後、雪夜さんは一旦言葉を区切って、優しい声色でオレに問い掛けてくる。
『星くんに伝えたいこと、すげぇーいっぱいあんだけどさ……とりあえず明日のテスト終わったら、ランとこ行ってくんねぇーか?』
「ランさんのお店、ですか?」
『そう。お前の都合のいい時間帯で構わねぇーから、アイツんとこまで行ってやって』
「あ、はい。分かりました」
どうしてランさんのお店なんだろうと考えつつ、雪夜さんに言われたことを素直に受け入れたオレは、雪夜さんには見えないことを分かっていながら、こくんと小さく頷いた。
『そっち、そろそろ日付変わるだろ?』
雪夜さんにそう言われ、オレは全く気にしていなかった今の時間を部屋の時計で確認する。
「えーっと、あと1分くらいで変わりますけど……」
雪夜さんがいるスペインは今頃きっと、夕方くらいかなって思いながら答えたオレは、大事なことに気づかないままだった。
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