660 / 720
第660話
結局、オレは1時間近く雪夜さんと話していたらしい。名残惜しく電話を切った後、優しくて甘い雪夜さんの声を頭の中で何度も再生しながらオレは眠りに就ていた。
朝起きたらいつもより幸せで、学校へ行く前に家族からおめでとうの一言をプレゼントされたオレは、ちょっとるんるん気分だった。
学へ行って、テストを受けて。
帰り際に誠君と健史君の二人から、お菓子がいっぱい入った紙袋を手渡され、オレが何度もお礼を言うと二人は照れ臭そうに笑っていた。
たくさんの人におめでとうって祝ってもらえることが、オレはとっても嬉しくて。学校を出てもやっぱりるんるん気分なオレは、雪夜さんに言われた通りランさんのお店に向かうことにしたんだ。
電車を乗り継ぎ、初めて一人で行くランさんのお店。最寄り駅を出て数分歩けば、ランさんのお店が見えてくるけれど。いつもなら雪夜さんが開けてくれるお店の扉の前に、ランらしき人を見つけたオレは、ランさんのところまで走り寄っていった。
「待ってたわよ、星ちゃんっ!」
「あ、えっと……って、うわぁっ!?」
キレイな笑顔を見せてくれたランさんに、オレは力強く抱き締められて驚いてしまう。ふわりと、柔らかなランさんの腕の中。
「星ちゃん、ハッピーバースデーね。今日は雪夜の分まで星ちゃんのお祝いをしたくて、お店は臨時休業にしたの。ゆっくりしていって……さ、どうぞ?」
抱き締められたことよりも、ランさんの口からサラッと言われた言葉にオレはもっと驚いてしまった。ランさんは休業って簡単に言っているけれど大丈夫なのかなって思いつつ、ランさんにお店の扉を開けてもらったオレは、店内に一歩足を踏み入れる。
「星ちゃん、お昼は食べたかしら?良かったら、私にお祝いさせてちょうだい?」
後ろでオレの肩に手をつき、そう言ったランさんの言葉にオレは嬉しくてこくこくと頷く。午前中で終わった学校からそのままの足でここに来たオレは、とてもお腹が空いていたから。
「ランさん、ありがとうございます。あ、でも……その、オレあんまりお金持ってなくて」
「いいのよ、気にしないでちょうだい。お代はいらないわ、私がしたくてやってることだもの。星ちゃんが誕生日にお店に来てくれるように、雪夜には前々から頼んであったんだけどね……本当に来てくれるか不安で、私ドキドキしっぱなしで」
「お待たせてしまって、すみませんでした」
「居ても立っても居られなくて、お店から飛び出て外で待ってたのは私だからいいのよ」
お代はいらないって言ってくれたランさんは、オレよりはしゃいでいるように見えて。カウンター席に座ったオレに、お絞りとペリエを出してくれた。
その後、ランさんは奥にある厨房に隠れてしまったけれど。オレの誕生日だからとランさんが振る舞ってくれたご馳走は、やっぱりどれも美味しいものばかりで。
本当は、雪夜さんと二人で食事ができたらなって……そう思う気持ちを掻き消してしまうくらい、食事中でも喋り続けてくれるランさんの優しさに、オレは心から感謝した。
ともだちにシェアしよう!