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第661話

ランさんと二人だけで、お話するのも楽しくて。オレの食事も終わり、カウンター越しでゆったりとコーヒーを飲んでいたランさんだったのに、急にどこか申し訳なさそうにランさんはオレを見て微笑んだ。 「……コレ、雪夜から預かっていた星ちゃんへのプレゼント。雪夜本人からじゃなくて、私からでごめんなさいね」 ランさんから手渡されたのは、長方形の綺麗な箱。ブラックの包装紙でラッピングされたソレは、ブルーのリボンに包まれていた。 「いえ、ランさんが謝ることなんて何ひとつないですし……雪夜さん、プレゼントまで考えてくれてたんだ」 雪夜さんがオレに、ランさんのお店に行ってほしいと言ったのは、このためだったんだって、オレは気がついて。電話の時には堪えていたものが、溢れそうになるけれど。 「星ちゃん、せっかくだから開けてみて。雪夜がどんな物を選んだのか、私も気になるから……ね?」 ランさんの言葉に促され、オレはリボンを外して箱の中身を覗いてみる。店内のライトに照らされ、姿を見せたそれは光り輝いていた。 「キレイ……」 雪夜さんからの誕生日プレゼント。 それは、シンプルなデザインの腕時計だった。 シックな黒の文字盤に、落ち着いた印象を与えるレザーのベルト。時を知らせる針は、ゴールドの輝きを放つ。そんな素敵なプレゼントに一瞬で心惹かれたオレは、箱の中からその時計をそっと取り出し、左腕に巻いてみた。 「星ちゃん、とても良く似合ってるわ。星ちゃんが今付けたその時計、プレゼントを預けに来た雪夜も同じデザインの物をつけてたから……ソレ、きっとペアウォッチね。星ちゃんの方が、少しだけサイズが小さいから」 「えっ、そうなんですか?でも、どうして時計……」 雪夜さんからなら、どんなプレゼントを貰っても嬉しい。けれど、雪夜さんとお揃いのこの時計には、何か意味があるような気がして……オレがそう呟くと、ランさんは得意気な笑みを見せてその答えを教えてくれる。 「大切な人に自分と同じ時計を贈るのにはね、一緒に時を刻もうって意味があるのよ。離れていても繋がってるって……そう感じられるように、雪夜は星ちゃんへのプレゼントを時計にしたんじゃないかしら?」 今は傍にいることが出来なくても、一緒に過ごせなくても。オレと雪夜さんは、お互いに同じ時間を生きているんだ。 「雪夜は星ちゃんと会えない今だからこそ、誕生日プレゼントに想いを込めたのね。今頃、雪夜も星ちゃんと同じ時を刻んでいるはずよ」 ゆっくりと確実に進んでいく秒針を見つめ、オレの目からぽたりと涙が零れ落ちていく。 「雪夜さん、ありがとう」 嬉しくて、嬉しくて。 嬉しいはずのに、涙が止まらない。 「こんな時、雪夜ならどうするのかしらね……嬉しいなら泣くんじゃねぇーよって、笑うのかしら。それとも、何も言わずにそっと抱き締めてくれるのかしら」 その答えを知っているのは、星ちゃんだけねって。ランさんはそう言って微笑み、啜り泣くオレの頭を優しく撫でてくれたんだ。

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