662 / 720
第662話
オレが望む雪夜さんと二人だけの時間を、その想いをプレゼントに込めてくれた雪夜さん。とっても素敵な贈り物が、また一つ……オレの心を暖かく照らしてくれる。
頬を伝う涙を拭い、オレがランさんに感謝の気持ちを伝えると、ランさんはちょっと待っててねって厨房に消えてしまった。オレはそのあいだに、プレゼントされた腕時計のケースを学生鞄の中へとしまい、くるりと店内を見回す。
オレとランさんしかいない店内には、柔らかな音楽が流れていて少しだけ眠たくなってしまうけれど。ランさんのお店は癒しの空間だなぁって、オレはつくづく感じたんだ。
雪夜さんと何度も足を運んでいるお店だけれど、こんなふうにオレ一人がお客様だったことは今日が初めてで。
ランさんにとっての雪夜さんが、どれだけ大切な人なのかをオレは思い知っている最中だ。雪夜さんの頼みなら、ランさんは基本的に快く引き受けている。それは、きっと今日も例外ではないんだろうって。
そんなことを思いながらも、オレは瞳を閉じて深呼吸をする。
オレの中で理想のお店は、ランさんのお店なのかもしれない。こんなに素敵なお店で働くことが出来たら、どれだけいいだろうと思う。オレが今日感じたたくさんの幸せ、それを提供する側になるにはどうしたらいいんだろう。
なんとなくそんなことを考えていたオレの元に、ランさんは小さなケーキが乗ったお皿を持って戻ってきた。
「星ちゃんが笑顔になれる魔法、雪夜から一つだけ教えてもらったの。ほら、デザートがまだだったでしょ?」
そう言って、ランさんはオレの前にそのお皿を置いてくれた。オレが好きなチョコレートケーキ、オレが笑顔になれる魔法って……雪夜さん、オレのこと本当によく分かってるんだ。
「とっても可愛いケーキですね。食べちゃうの勿体ない……でも、すっごく美味しそう」
目の前のケーキを見て素直な感想を呟いたオレの頬は、一気にふにゃりと緩んでいく。
「本当に星ちゃんがこれで笑顔になるなんて、雪夜ったら星ちゃんのことよく知ってるのね。プレゼントを渡した後にデザートにしてやってって、そしたらアイツは笑顔で帰るからって……雪夜は、あの子は私にそう言って笑っていたわ」
「たぶん雪夜さんは、オレが甘い物に弱いこと分かってたんだと思います。あの、えっと……いただきますです、ランさん」
感謝の意味を込めて、しっかり両手を合わせたオレだけど。なんだかおかしい挨拶をしていたことに、オレは気づかなかった。
「星ちゃん、ますとですはセットじゃなくていいのよ?まぁ、そんなところも愛らしいんだけどね」
「あ、すみません……」
「いいのよ、気にしないでそのまま美味しそうにケーキを頬張っていてちょうだい。星ちゃんの幸せそうな笑顔を見てると、私も幸せになれそうな気がするから」
「あの、友達とか兄ちゃんとか、あとは雪夜さんもそうですけど。オレが食事してると、幸せそうだってみんな言うんですよね……オレって、そんなに幸せ気分な感じがするんでしょうか?」
ともだちにシェアしよう!