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第663話

実際にとても幸せな気分だから、否定することはないけれど。でも、美味しいものを食べたら幸せになってしまうオレは、単純だって言われているような気がしなくもなくて。 だからなんとなく、ランさんに質問したオレに、ランさんは真面目な顔をして答えてくれる。 「食事っていうのは、不思議なものでね……いくら美味しい料理を提供しても、その時の体調や感情、その場の雰囲気や一緒にいる人によっては美味しいって感じられないこともあるのよ。でも、星ちゃんは美味しいものを美味しいって、素直に表現してくれるでしょう?」 ……だって、美味しいんだもん。 心の中で思ったことをオレは口に出すことはせずに、ランさんの言葉に頷いた。 「星ちゃんが幸せそうに見えることを、周りの人間はただ嬉しいって言いたいだけだと思うわ。嫌な顔をされるより、今みたいな笑顔を見せてくれた方が、私だって嬉しいもの」 「そういうものなんでしょうか?オレ、単純というか、子供っぽいところを指摘されてるのかなって思ってて」 美味しい物を食べときに満たされる欲は、オレの頬を自然と緩ませてしまうから。褒められているのか、貶されているのか、オレはもうよく分からないまま、周りから言われた言葉を受け入れているだけなんだ。 でも、ランさんはそんなオレの言葉を否定して。 「それは、星ちゃんの勘違いね……じゃあ、もしもよ、星ちゃんが雪夜と二人で食事をしている時に、雪夜がしかめっ面で食事をしていたらどう思うかしら?」 オレはフォークを口に咥え、ランさんに問われたことを考えてみる。オレと二人で食事をしている時の雪夜さんって、いつもふんわり幸せそうに笑っているから、オレは不機嫌な雪夜さんを頭の中で想像するしかないけれど。 「……楽しい食事ってわけにはいかないかも、です。怒らせるようなことしちゃったのかなとか、あんまり美味しくないのかなって考えちゃって……たぶん、オレもしょんぼりしちゃう気がします」 少し考えて出したオレの答えに、ランさんは頷いてくれた。 「それが愛情込めて作った料理なら、尚更寂しく感じてしまうでしょう?」 「確かに……美味しく食べてもらいたいですし、少しでも幸せを感じてもらえたらってオレも思います」 「だから星ちゃんは今のまま、幸せオーラ全開で食事を楽しんでくれる人でいてほしいわ。こうやって料理を提供する私にとって、それはすごく光栄なことですもの」 そう言って満足そうに笑うランさんを見て、オレはとても素敵だと思った。オレも、いつかランさんのような料理人になれたらいいのに……って。ほんのり甘いケーキを頬張りつつ、そんなことを思ったオレは、横島先生に言われた言葉を思い出していた。 オレが憧れる人、こんなふうになりたいって思う人。それが分かれば自ずと答えは見つかるって、横島先生は言っていた。オレが提出した白紙のプリントを見つめ、オレなら大丈夫だと言ってくれた横島先生。 まだ答えは分からないけど、オレには一つ気づけたことがあるんだ。オレが目指す憧れの人……その人は今、オレの目の前にいる。

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