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第665話
オレが、ランさんの後を継ぐって……なんだかとてつもなく重要な話をされている気がして、オレは緊張で固まってしまった。
ランさんの話している内容に必死でついていこうとしても、オレの頭は混乱状態で上手く話が呑み込めない。でも、ランさんはきっと、数十年後の未来を考えているんだってことだけは分かって。
「今のうちから第二の人生の話なんてされても、星ちゃんは困るだけかもしれないけど……雪夜は料理が好きな子だし、コーチの役目を終えた後でも星ちゃんと二人、伴に生きていける場所としてこの店を貴方達に任せたいの」
「……ラン、さん」
雪夜さんを、そしてこのお店を。
とても大切にしているランさんの気持ちが、痛いほど伝わってくる。雪夜さんが今の夢を成し遂げた時、その後もオレ達二人でいられる場所がこのお店だとしたら……それは、それはすごく嬉しいことだけれど。
「雪夜が私に懐いてくれたこと、星ちゃんが雪夜を愛してくれたこと、本当に感謝しているのよ。この先の未来のことなんて、誰にも分からないけれど……だからこそ、夢を描けるものだと思うから」
「ランさんの夢、なんですね」
ランさんが話してくれたプランはきっと、ランさんが望む未来の形。それは、ランさんの夢なんだと思ったオレは、自然とその言葉が口から洩れていたけれど。
「このことは、雪夜にも誰にも話していないことだから……これは、本当に私の勝手な意見だと思って受け入れてちょうだいね?」
オレより、ずっとずっと大人なランさんの考えは、オレと雪夜さんを思ってのもので。まだまだ子供なオレは、どう返事をしたらいいのか分からなくて、ただこくりと頷くことしかできない。
それでも、いつもの穏やかで柔らかな笑顔を崩すことがないランさんは、頷いたオレを見て安堵したようだった。
でも、少しだけ自分の道は見えてきた気がする。雪夜さんとずっと一緒に過ごすことが出来る未来は、確かに存在するものなんだって……ランさんの考えを聞いているうちに、オレはそう思うことができた。
今までのオレは、自分の夢を追う雪夜さんの姿に励まされながら、自分自身の将来のことを考えて悩んできたけれど。その度に、漠然とした夢の前で立ち止まることしか出来ず、独り卑屈になったりすることもあったから。
だから、ランさんのとっても素敵な未来予想図は、オレの考え方を大きく変えてくれたんだ。
人生って楽しいことばかりじゃないし、苦しいこともたくさんあるけれど。小さな夢と、ほんの少しの希望があれば、自分たちで未来はいくらでも変えることが出来るし、創り出すことが出来るんだってオレは思って。
そんな大きな道しるべを、ランさんはちっぽけなオレに与えてくれて。オレはとても恵まれた環境の中で、生きていることを実感した。
雪夜さんに、出逢えたこと。
そして、こうして憧れの人から夢を託してもらえること。その全ては、ランさんが言うように運命的な奇跡なのかもしれない。
そんなことをぐるぐると、オレが一人で思考を巡らせているあいだ、店内には静かな沈黙が訪れていた。
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