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第666話
「星ちゃんさえよければ、私に星ちゃんの夢を叶える手助けをさせてほしいの。ねぇ、星ちゃん……高校卒業後、ここで私と一緒に働いてみる気はないかしら?」
俯いて色んなことを考えていたオレは、ランさんの言葉に驚いて顔を上げる。そんなオレを見て柔らかく微笑んでくれたランさんは、オレの答えを待たずに話し出す。
「そこまで大きな店じゃないから、とても高額なお給金は出せないけど……でも、星ちゃん一人が生きていく分の額くらいは充分保証出来るわよ?」
高校を卒業したら、自分の手で稼いでいかなきゃならない。そのことを踏まえて話すランさんは、本気でオレにこの店で働かないかと声を掛けてくれているんだ。
ずっと暗くて雲がかっていた空が一気に晴れていていくみたいに、先が見えなかったオレの足元が明るく照らされていく。正直、とても嬉しいし、できるのであればオレもそうしたいけれど。
「あのっ、あの……オレで、いいんでしょうか?」
やっと出た声は、動揺と緊張で掠れていた。
こんなオレでいいんだろうかって、まだ何も知らないオレがこのお店で働くことに問題はないんだろうかって……迷いはないのに、不安が募って心が揺らいでしまう。
でも、ランさんはオレの問いにキッパリと答えてくれたんだ。
「料理人として、出来うる限りの技術を私は貴方に託したい。料理で沢山の幸せを感じられるそんな星ちゃんに、ね?」
優しいランさんの声と、その音に乗せて伝えられた言葉に胸がいっぱいになる。込み上げてくるいくつもの感謝の想いをオレはランさんに伝えたいのに、オレから洩れていくのは、ぐすんと鼻を啜る音だけで。
「さっきせっかく笑顔にできたのに、また泣かせてしまったら雪夜に呪われそうだわ。星ちゃん、これから一緒に頑張りましょうね」
本日二度目の泣き虫が現れてしまい、オレは涙を拭いながら何度も何度も頷いた。その後、オレはひくっとしゃくり上げつつも、どうにかランさんにお礼を言うことができたけれど。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
オレが落ち着きを取り戻し、改まって挨拶をすると。ランさんはクスッと笑い、そうして目尻に小さな皺を作る。
「あら、娶った気分になっちゃうじゃない。ありがとう、星ちゃん」
「あ、え……ランさんっ?!」
「ごめんなさいね、悲しいんじゃないの。もう私、嬉しくて……やだわ、歳を重ねると涙腺が弱くなっちゃうんだから」
オレが泣き止んだと思ったら、今度はランさんがポロポロと泣き出してしまったから。オレはランさんの涙に戸惑いを隠せないけれど、腕を伸ばしてランさんの涙を拭ってみた。
「……泣かないで、ランさん」
「星ちゃん、惚れちゃうわ」
静かな店内に啜り泣く声が響き、オレもランさんもひと通り気持ちを落ち着かせ、泣き止んだのはよかったものの。お互い無性に恥ずかしくなり、顔を見合わせ笑ったオレとランさんは、今日泣いてしまったことを二人だけの秘密しようと誓い合ったんだ。
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