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第667話
ランさんのお店に来た時は、お昼だったのに。
お店を出て空を見上げると、オレンジ色の夕焼けがオレを出迎えていた。
夕日が沈みかけていく姿を眺め、過ぎた時間を感じつつ、オレはゆっくりと最寄駅まで歩いて行った。
途中ですれ違った小さな男の子は、独り小石を蹴りながら下を向いて歩いていて。その子が履いていたカラフルなピンク色のシューズが目に止まり、ソレが雪夜さんのトレーニングシューズと同じように見えたりして。
明日は雪夜さんのお家に行こうとか、ステラに今日のことを話してあげなきゃとか。電車に乗って揺れる体は、雪夜さんを想う気持ちで包まれていくんだ。
帰宅ラッシュと重なる時間帯、全く知らない人との距離が異常に近い電車の中。サラリーマンや学生、たくさんの人が同じ空間に閉じ込められているけれど。
人それぞれ容姿も違えば考えていることも違うし、同じ人間なんて一人もいないって、オレがボーッとそんなことを考えていた時だった。
「え……えっ!?」
車内の人混みに紛れて一瞬チラリと見えた人影に、オレの心臓はドクンと大きく高鳴って。思わず声を出してしまったオレは、周りの人からの冷た過ぎる視線を受けて恥ずかしくなり俯いた。
なんで……なんで、なんで、なんで。
羞恥を感じながらも思うことは、その言葉のループだ。日本にいるはずのない雪夜さんが、オレと同じ電車に乗っているなんて有り得ない。
有り得ない、はずなのに。
見知らぬ人間の肩や頭の隙間から見えた、同じく見知らぬ人の姿……だけど、その姿は雪夜さんにしか思えなかったんだ。オレが大好きな栗色の髪と、ソレに隠れたとってもカッコイイ整った横顔。
そんな雪夜さんの容姿に、そっくりな人物を目撃してしまったオレは、俯いたまま首を小さく左右に振った。
ここにはいないと分かっていても、無意識に探してしまう大好きな人の姿。雪夜さんに会いたい気持ちが強すぎて、オレは等々幻覚を見てしまったんだと思いつつ、もしもこれが夢なら覚めないでほしいって考えたりして、オレの脳内は既に混乱状態で。
ドキドキと張り裂けてしまいそうな心音と、ガタンゴトンと列車の車輪がレールの繋ぎ目を通過する音が、時々リンクするように聴こえてきて眩暈がしそうだった。
けれど、もう一度……見れるなら見ておきたいという不思議な好奇心に掻き立てられ、オレはゆっくりと顔を上げ、雪夜さんらしき人物がいる方を向いてみる。
さっきはほんの一瞬見えただけだったその人は、どうやらオレの幻覚ではなかったらしく、生き霊とかそういった類いのものでもなく、現実世界に確かに存在する人間っぽかった。
その事実にひと安心するものの、じゃあ一体あの人は誰なんだろうと新たな疑問が生まれる。雪夜さんだけど、雪夜さんじゃないその人に、遠目から熱い視線を送っていたオレだったけれど。
この時のオレには、雪夜さんにそっくりな見知らぬ相手と近い未来に再会する……そんな、そんな偶然を、想像することはできなかった。
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