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第671話

「雪君、目が死んだ魚のようですが……昼食、まだとっていないんですか?」 柊との食事を済ませて部屋に戻ってきた竜崎さんは、ベッドに転がりボーッとスマホを眺めていた俺を見るなりそう声を掛けてきた。 「あー、なんかメシ食うの面倒で。外出る気にもなれねぇーし、一食抜いても死にはしねぇーから別にいいかなぁって」 星がいたなら、何処で何を食おうかとか色々考えて動けるのに。独りだと何もする気がおきなくて、食事をするのさえどうでもよくなってしまう。 そんな気怠さMAXの俺が、喰いたいもんは星くんだ。明らかに不足しているのは、どの栄養素でもない。そのことを竜崎さんに話すワケにもいかず、俺は適当に答えたけれど。 ふふっと笑った竜崎さんは雪君らしいと呟いた後、一人がけのソファーに腰をおろして話を続ける。 「寂しいって、顔に書いてありますよ。雪君は寂しがり屋の孤独好きなんですね、大切な恋人と離れて此処にいるのは寂しい……でも、他人と行動を共にするくらいなら独りの方がマシってところでしょうか?」 俺の心情を竜崎さんに言い当てられてしまい、俺は苦笑いで竜崎さんの意見を肯定するしかなかった。 仕事は別だが、恋人と離れてプライベートまで平然な顔をしていられるほど俺は強くない。俺が求めているのは星くんだけで、周りの人間なんてもんには興味がないんだ。それでも仕事中は、そのことを表に出さぬよう心掛けていたのに。 仕事もプライベートも一緒に過ごしている竜崎さんには、俺の内面を隠したくても隠し切れていないらしく、俺は自分の幼さが嫌になった。 けれど、竜崎さんは俺を見ると柔らかく微笑み、その後に少しだけ眉を下げた。 「でも、まぁ……それでも、仕事は仕事ですから。まだ若いのに、そこに私情を持ち込まない雪君は大したものです。数時間後のミーティングまでに、その気怠さがなくなるのを僕は知っていますしね」 他の研修生の動向もチェックしつつ、同室の俺の動きも抜かりなく視察している竜崎さんに、憐れみに似た言葉を投げかけられた俺は本音を呟いてしまう。 「そろそろ限界ッスよ……俺がやる気ねぇーの、柊のクソ野郎は気づいてやがるみてぇーだし。俺もまだガキだなって、思い知らされてる最中です」 はぁーっと息を吐き、ベッドに転がしていた自らの上半身を起こした俺は、ベッドの上で胡座をかいて左手で前髪をかき上げる。 「……その仕草も表情も、疲れ切った時のどっかの誰かによく似ています。あの人は右手、ですがね」 「ああ、あのクソ兄貴ッスか……」 固有名詞を言わなかった竜崎さんだが、比較された相手を一瞬で理解してしまった俺は、何も考えずにそう返してしまうけれど。 「不真面目なあの男はどうして、真面目を取り繕うのが上手いんでしょう。僕は、飛鳥の考えていることが全く理解できません」 独り言のようにポツリと呟いた竜崎さんが、この時初めて飛鳥の名を口にして、その話題に触れたことに俺は後から気がついた。

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