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第672話
「皆さんに、何度か提出していただいた課題についてですが……U-10小学生の中学年時に指導する内容には不向きなトレーニングメニューが多くみられました」
夕方から、予定通りに始まったミーティング。研修生が与えられた課題にダメ出しをする竜崎さんは、淡々と話していく。
「技術、精神面共に、まだまだ未熟な年齢です。その世代の子供達にどうアプローチをしていくか、もう一度よく考えてみてください」
研修生それぞれに目を向けながら話をする竜崎さん。大人相手だろうと、指導する姿勢が変わらないこの人の話し方は聴きやすくて理解しやすいけれど。
それにしても、この真面目な顔をした竜崎さんが、兄貴の名を口にした時……もの凄く寂しそうな表情をしていたのが気に掛かる。けれど、竜崎さんは飛鳥が理解できないとも言っていて。
あのクソ兄貴の思考を理解できるヤツがいんなら、ソイツはおそらく兄貴と同じクズだろうと思うから。弟の俺ですら、分からない飛鳥の言動を、竜崎さんのような人が理解し難いのは当然だと思った。
不真面目で不謹慎、かなり堕落しているように見えるが……その一方で、仕事はきちんとしているし、それなりの優しさも持ち合わせている飛鳥。
飴と鞭の使い方が上手いのか、散々人を罵った後に手を差し伸べるタイミングがあまりにも完璧すぎて、常にこっちが動揺してしまう。
クズのクセに、やたらと甘くてエロい微笑みで人を翻弄させる男……いや、クズだから当たり前にソレができ、そして様になるのだろう。
しかしながら、何故。
竜崎さんは、あんなにも冷めた瞳で寂しそうにしていたのだろうか。その答えをなんとなく分かってしまっても、分かりたくない自分がいて溜め息が漏れる。
飛鳥と、竜崎さん、か。
まぁ、あのクソ兄貴だったら男抱いた経験あってもおかしくなさそうだもんなぁ……って。
ナニ考えてんだ、俺。
完全に私情を挟み込み、心ここに在らず状態でミーティングを終えた俺は、竜崎さんから肩を叩かれ内心かなり焦った。
背後に感じる竜崎さんの気配、俺の肩からスルリと落ちた竜崎さんの手。怒られるのを覚悟し、ゆっくりと後ろを振り返った俺は、竜崎さんの鋭い視線に捕まった。
「雪君、今日の僕の話はそんなにつまらないものでしたか?」
……ああ、やっべぇー。
いつもの笑顔は崩さずに、目だけが笑っていない竜崎さんの表情は怖い。声のトーンが低くなり、真っ直ぐに俺を見つめてくる竜崎さんに、俺は頭を下げるしかなかった。
「集中切れてました、申し訳ありません」
「そうでしょうね……あ、じゃあせっかくですから僕の誘いを雪君に受けて貰いましょうか」
「は?」
てっきり説教コースだと思っていた俺に、竜崎さんはそう言って微笑み、頭を上げるよう俺に指示をする。
「ホテルに缶詰め状態も長く続いていますし、雪君は少し気分転換した方がいいですよ。夕食、一緒にいかがですか?」
微笑みが崩れることのない竜崎さんの思考が、この時の俺には全く理解できずにいた。
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