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第674話
自分には何も出来ない、と。
そう考えてしまう人間ほど、誰かの役に立ちたいと思うものなんだろうか。クソ真面目な竜崎さんと、同じくクソ真面目な俺だけの星くん。
マイナスな思考から生まれたプラスの感情を、夢として追い求める姿さえ似ていたなんて。最初は、半年間も他人と共同生活なんざ耐えられないと思っていたが……なんとかそれが可能になっているのは、ルームメイトが恋人に似ているからなのかもしれない。
内面が似ているように思うだけで、竜崎さんは星ではないから何とも思わないけれど。性格診断とかやらせたら、二人は同じような結果に行き着くのではないかと。
そんなことを考えながら、竜崎さんと食事をしつつ、俺が本場のアヒージョめっちゃ美味いと、呑気に思っていた時だった。
マッシュルームの鉄板焼きを頬張っていた竜崎さんの顔が、どんどん赤く染まっていくのに気がついた俺は、竜崎さんのグラスに視線を移し苦笑いする。
この人、もしかしてすげぇー酒弱いんじゃ……って。俺が気づけた頃には、時すでに遅しの予感しかしなかった。
初手の一杯で、世界三大酒精強化ワインの一つシェリー、現地ではヘレスと呼ばれる白ワインを飲んでいる俺と、赤ワインのソーダ割りを飲んでいる竜崎さん。
竜崎さんのグラスに注がれている残りは、三分の一程度ではあるが……ここに来て、まだこの一杯しか竜崎さんはアルコールを口にしていないのに。
「ここに来たら、食べようと思ってたんだ」
お前は誰だと問いただしたくなるような竜崎さんの呟きに、俺は内心困惑する。けれど、いつもと違う口調で言われた言葉に、俺はとりあえず頷いた。
「マッシュルーム、美味しい。コレ、好き」
徐々に虚ろになっていく竜崎さんの表情は、どう見ても酔っ払いが完成した証拠で。せっかくの誘いを受け、俺の緊張も解れてきたって時に現れたのは、とろんと蕩けた瞳で俺を見つめる酒に酔った上司だった。
せめて、竜崎さんの酒の弱さを先に知っておきたかったと思いながらも、俺は自分の気分転換という目的を切り替え、竜崎さんの心配をする。
「……あの、竜崎さん?」
海外にいても仕事詰めで日々の疲れもあるだろうとは思うが、店内でくたばられるのはさすがに困る。そう思い、俺は竜崎さんに声を掛けたけれど。
「俺は隼だよ、飛鳥」
竜崎さんから言われた言葉に、俺の動きは完全に止まってしまった。だが、脳内はこの状況を理解しようとフル回転していて。
「ねぇ、飛鳥……聞いてる?」
飛鳥って、おい。ちょっと待て。
竜崎さんの一人称って僕のハズだろ、俺って誰だよ……ってか、俺は兄貴じゃねぇーんだけど。
仕事中、子供達に笑いかける竜崎さんとはまた違う、やたらと無防備な笑顔を見せ、俺に向けられる竜崎さんの瞳は艶っぽく潤んで熱を持つ。
そこに映って見えているのは俺……ではなく、俺とよく似た飛鳥の姿なんだろうと。俺は、直感的に気づいてしまった。
……あー、マジかよ。
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