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第675話
「竜崎コーチ、しっかりしてください」
酒に酔って俺と飛鳥を間違えているらしい竜崎さんに、俺が俺であることを理解してもらうため、わざとらしくコーチと付けて名を呼んでみたが。
「隼って呼んでよ、いつもみたいに」
マジかよ、竜崎さん。
いくら上司の頼みだとしても、それは聞いてやれねぇーっつーかなんつーか……ってかマジでさ、頼むから冗談だって言ってくれ。
内心、すげぇー面倒くせぇーと思いつつ、俺は頭を悩ませる。この雰囲気は非常にまずいし、もしこれで俺が竜崎さんの名前を呼んでしまったら……色々と後に引けなくなるような気がした俺は、もう無言のまま竜崎さんを介抱することに決めた。
とりあえず、まだなんとかイスに座っている状態の竜崎さんを放って、二人分の会計を済ませた俺は仕方なく腹を括る。これが康介ならこのまま置いていくのにと思いつつ、俺は今にもイスから転げ落ちそうな竜崎さんの肩を抱いた。
見た目以上に線の細い身体が、竜崎が語った過去を物語っているように思えたけれど。
「……今日の飛鳥は、優しいんだ。普段のお前なら、絶対にこんなことしないのに」
だからッ、俺は飛鳥じゃねぇーっつーの。
あのクソ兄貴、よりによって竜崎さんに手出しやがって。しかも竜崎さんのこの様子を見る限り、竜崎さん……絶対兄貴に惚れてんだろ。
「飛鳥、好き」
でしょうな。
あー、もう……どーすりゃいいんだ。
竜崎さんから告げられた、愛の告白。
全力で脳内否定していた兄貴と竜崎さんとの関係を、こんな形で知ることになるなんて俺は思っていなかった。
その引き金を自ら引いた酔っ払いの上司は、俺の首にきゅっと抱き着きお姫様抱っこでバルからホテルまで運ばれている。俺を見る周りのヤツらの視線がとてつもなく痛いが、それよりも一人で喋っている竜崎さんの言葉を聞く方が辛かった。
女物の香水の匂いがしないとか、今日は一回ヤってから会いに来たワケじゃないんだとか。いつもの飛鳥より優しい匂いがするとか、初めて出逢った時みたいだね……とか、そりゃあ、もう、色々と。
クソ兄貴の都合の良いセフレの一人に、何故竜崎さんが紛れ込んでいるのか俺には分からないが。その事実を知ってしまった俺は、竜崎さんが可哀想に思えて仕方がない。
男同士とか、そういった偏見は今更どうでもいいけれど。飛鳥のようなクズ野郎に、この真面目な竜崎さんが溺れているのかと思うと、それはあまりに不憫過ぎて。
理解できない飛鳥と、俺の容姿が似ていることも含め、俺より限界を感じていたのは竜崎さんだったのかもしれないと思った。
そんなこと考えながら、ようやく辿り着いた部屋。散々飛鳥への想いを暴露し、俺の腕に抱かれたまま瞳を閉じた竜崎さんをベッドに横たわらせて。
不幸中の幸いか、竜崎さんがすぐに眠りに就いたのを確認した俺は、大きな溜め息を吐いた後……飛鳥に連絡を入れるため、逃げるようにその場から立ち去った。
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