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第676話

ホテルの外壁に凭れ、なかなか吸うことのできなかった煙草を咥えた俺は、ライターで火を点けその先端に合わせていく。室内禁煙でも、外に出てしまえば煙草は吸えるスペインの街。 スマホを片手に煙を吐き出し、見上げた夜空はキレイに思えるけれど。何度かけても電話に出ない兄貴に感じる苛立ちを、俺は煙草のフィルター部分を噛んでぶつけるしかなかった。 「ったく……出ろや、クソ野郎」 わざわざこっちからかけてやってんのに、あのクソ兄貴は何処でナニしてやがんだよ。 その答えをなんとなく分かっているからこそ、募る苛立ちは増す一方だった。星と揃いの腕時計を見つめ、確認した日本時間は早朝。どうせ兄貴はラブホかどっかで、女抱いて寝てんだろうと思っていた俺の考えを否定するかの如く、呼び出しのコールが鳴り止んだ。 『ん……ナニ?』 「ナニじゃねぇーだろ、クソ兄貴」 寝起きの掠れた声が聞こえ、やっと出たかと思った俺だったが。クソな兄貴がアホウドリだということを、俺はすっかり忘れていて。 『只今ぁ、電話に出ることができませーん。ピーッという発信音の後にぃ、お名前とご用件をお話しくださぁーい。ぴぃー』 悪ふざけも大概にしとけやと思うが、俺から電話した時の飛鳥はいつもこうだ。30文字以内で用件を述べよとか、アホな兄貴に付き合わされるこっちの身にもなってもらいたい。 そんな中、飛鳥の後ろから響いてきたのは女の笑い声。やっぱり今日もクソアマ抱いてんじゃねぇーかと、俺は苛立ちを通り越し呆れ返って飛鳥に問いただす。 「竜崎さんが酔っ払って俺と兄貴間違えた挙句、飛鳥が好きだって俺に言ってきたんだけど……オニイサマはさ、そんでも俺にその態度取るワケ?」 『ソレがどうした、やーちゃん。んなもん個人の自由だろ、アイツが俺のことを好きになっちゃいけねぇ理由でもあんのか?』 とんでもないことに巻き込まれ、ようやく吐けた事実。それなのにも関わらず、動揺しているのは俺だけのようで……兄貴の態度が気に食わない俺は、国を跨いでも逃れられない飛鳥の存在に嫌気がさした。 「開き直んじゃねぇーぞ、クズ」 『んー?やーちゃんって誰って……お前より大事な可愛いやーちゃん、あ?……じゃあ一人で帰れ、面倒くせぇ』 クズ、俺のそのひと言は飛鳥に届いていないらしいが。ついさっき飛鳥の後ろで笑っていた女は、兄貴に死ねと吐き捨てどうやらその場からいなくなった様子だった。 抱くだけ抱いて、ハイ、さようなら。 ヤるまでは散々甘い言葉を囁かれ続けていたんだろうが、その言葉を本気にした女は調子に乗ったんだろう。電話越しで、見事なまでのヤリ捨てポイを披露した飛鳥。 カラダで繋がったからって、そこに愛があるとは限らない。プレイとして楽しんでいるだけに過ぎない男の前で、情を持ち出したらそこで終わりだ。 けれど。 お前より大事な可愛いやーちゃん、そのフレーズが癇に障ったのか、勝手に怒っていなくなった誰かも分からぬクソアマに、俺は心から感謝した。

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