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第678話

嫌い、だけど、好き。 竜崎さんから感じたそんな飛鳥への想いは、多くの不満ばかりが零されていた。それなのに、好きだと呟いた時の竜崎さんの表情は、驚くほど幸せそうに微笑んでいて。 飛鳥のことは理解できないが、自分が置かれている状況を竜崎さんはよく分かっているんだろうと思った。遊び人のこのクズ野郎が、男の自分だけを見てくれるハズがない。おそらく竜崎さんは、そんな考えなのだろう。 しかし、飛鳥も飛鳥でまた、竜崎さんを特別視しているのを感じ取ってしまった俺は、もう何がなんだか分からない。 ……ってか、竜崎さんってそっちの人だったのか。 全く気にしていなかったが、こんなことになってしまうと嫌でも意識してしまう上司の性事情。見た感じからしてタチではないにしろ、ごく一般的な恋愛をしていそうな雰囲気だったのに。 本気の飛鳥に喰われたのなら、もう後戻りはできないだろうと……そんなことをぼんやりと考えていた俺に、アホウドリは笑って言った。 『アイツ、やっと俺が好きだって気づいたんだな。でも残念……隼のご主人様は、この俺様だ』 「ソレ、俺に言われても。とりあえず、竜崎さんどうにかしてくれよ……また酔っ払って兄貴に間違えられたら、俺がたまったもんじゃねぇーもん」 『んじゃ、助けてくださいお兄様って言ってみろ』 「死ね、クソ野郎。誰のせいで、こんなことになってると思ってやがんだ。日本にいた頃のなんだかんだで平穏だった、俺の日常を返しやがれ」 ……あー、もう、今すぐ星に会いてぇ。 この際兄貴と竜崎さんはどうでもいいから、星に会って頭を撫でてもらいたい。雪夜さんはいいい子ですねって、膝枕してくれる星くんが恋しくてたまらない。 癒しの空気を纏う恋人のことを考え、グダグダ言ってる兄貴の声を聞く。クズだのクソだの俺が兄貴に言ったところで、これだけの距離があるなら兄貴は何もできないと俺は思っていたんだが。 『クソガキ、あんま調子乗んなよ。お前が子猫ちゃんの寝盗られ希望すんなら話は別だけど……お兄様を怒らせると、どうなるか分かってんだろ?』 さすがに、死ねは言い過ぎだったらしい。 寝起き一発目に、死ねとクソアマからお見舞いされていた兄貴。考えてみれば、そんな状況の飛鳥の機嫌がいいワケがなかった。 「モウシワケゴザイマセンデシタ。タスケテクダサイ、オニイサマ」 全く感情がこもっていない俺の言葉に苦笑いしつつ、しぁねぇなぁとスマホ越しで呟いた飛鳥。 『可愛いやーちゃんが、わざわざ異国の地から頼んできたワケだし。この優しいお兄様が、お前の頼み聞いてやるよ』 ……クソうぜぇー、なんでコイツが俺の兄貴なんだ。 そもそも飛鳥がフラフラせずに、竜崎さん一人を愛してやるコトができていたなら、こんな問題は起こらなかったような気さえする。 星に会えない寂しさを押し殺し、実の兄貴と会社の上司には無駄に振り回されて。海外の夜空をたった独りで見上げなきゃならない俺の辛さは、きっと誰にも分からないんだろうと思った。

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