682 / 720

第682話

とりあえず伝えられるだけの愛を伝えて、通話を終えた俺は、ホテルのロビーから暗い部屋へと戻っていく。 ツイン部屋の奥、窓際のベッドで心地良さそうに眠っている竜崎さんを視界に入れて。俺も寝たら記憶が飛べばいいのにと思いつつも、ついさっきまで話していた星のことは忘れたくないと気持ちを改めた。 女王の星くんから言われた、俺が寝付く方法。 言うことを聞かなければもう連絡しませんと、強気な星に教えられて俺は大人しくホテルのベッドに寝転がった。 もう既に風呂に入った後なら、ゆっくり眠るだけだからって。深呼吸したら静かに目を閉じ、意識を眉間から遠くの方へと持っていくイメージをしてみる。 考えていいのは、星のことだけ。 俺を想ってくれている愛する星くんのこと以外は、何も考えてはいけないそうだ。 けれど。 星のことでも条件を出されている俺は、どうしたものかと眉間に皺を寄せる。 えっちなことしてる時のオレは、考えちゃいけません。そういうことを考えたら、余計に眠れなくなるからって。 星の提案は、疲れた俺を気遣って眠りの世界へ誘うためのもので。エロいことは絶対考えるな、妄想もするなと、顔を赤らめて言われた俺の気持ちを、アイツは全く分かっていないんだろうと思った。 あんなに可愛い顔をして、そういうことを考えるなと俺に強制する恋人。それは拷問じゃねぇーかと心の中で思いつつ、俺は星の言うこと聞く。 顔見て通話したからって、自慰行為させる趣味もねぇーし、なんならホントに顔見れただけで充分嬉しかったけれど。 小悪魔のような星くんは、ダメと言われるとやりたくなる男心を知らない。アイツも男なハズなのに、何故それが分からないのだろう。もしくはわざと……か、いや、わざとならあの仔猫はあんなに可愛い表情をしない。 ……なんでもいいけど、これホントに寝れんのかよ。 半信半疑で自問自答を繰り返し、それでも愛する星のために寝よう寝ようと試みる。 仰向けから寝返りを打ち、左を向いて次は右。 暗闇の中でチラリと見える人影が現れ、竜崎さんが深い眠りについていることに少しだけ不満を覚えた俺は、慌てて仰向けに戻った。 何度も言うが、今考えていいのは星のことだけなのだ。離れていても言いつけを守り、どうにかして睡眠時間を得ようとしている俺。 実にアホらしいと思うのに、それが幸せだと思うことが不思議だ。なんだかんだで俺は星くんに癒され、色々と思考を巡らせるうちにゆっくりと意識が遠のいていく。 そして。 「雪君、起きてください。雪君っ!」 女王星くんの企みは、見事に成功した。 翌朝。 深過ぎる眠りについた俺を起こしにきたのは、昨晩酔っ払って俺を困らせた張本人の上司だったのだ。 「あと10分で、ミーティング始まります。僕、色々と記憶ないんですけど……とりあえず、起きてくださいね?」 最悪の目覚めと、最高の夢を見た。 そんな、長い長い一日の出来事だった。

ともだちにシェアしよう!