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第683話
【星side】
誕生日も過ぎて、テストの追試も免れたオレを待っていたのは夏休みだった。
雪夜さんがいない夏休み、高校生最後の夏休み。たぶん、オレの人生で最後になるこの夏休みは、序盤から波乱の連続だったんだ。
お休みだから、オレはとりあえず雪夜さんの家に行って。雪夜さんのお家でのんびり夏休みの課題をやろうと思い、駅まで出てきたけれど。
「え……ウソ」
雪夜さんがいつもオレにくれるチョコレートを買おうと思って、普段は通らない道を歩いていた時だった。ガラス張りのオシャレなカフェを通過した瞬間、見慣れた顔を目撃したオレは、その場で立ち止まる。
「……兄、ちゃん」
そのカフェの中で、キラキラの王子様スマイルで微笑んでいる兄ちゃんと、黒髪ロングの綺麗系な女の人が一緒にいる現場をオレは目にしてしまったんだ。
とても美人なお姉さんと、王子様を崩さないままの兄ちゃん。美男美女が向き合って話しているのはかなり絵になるけれど、オレの心はそんな流暢なことを言ってはいられなかった。
女の人と一緒にいるからって、その相手が友達って可能性もあるんだろうけれど。オレは初めて見る兄ちゃんの姿に、ショックを隠すことができない。
だって。
兄ちゃんの手は、その女性の手を握っていたから。テーブルの上で指を絡めるように、握られていた二人の手。手を繋ぐ行為は、友達以上なんじゃないかと……幼い思考のオレは、そんなふうにしか思えなくて。
少しして、運ばれてきた料理が二人のあいだに割って入ってくれて、ようやくその手は解かれていたけれど。
兄ちゃん、なんでこんなことしてるんだろうって。オレには何も関係のないことなのに、酷く傷ついた心は真っ黒な影を落としていく。
いつだったか……光くん大好きと、LINEで告げていた人物があの人なんだろうかとか。兄ちゃんを甘ったるい香りに変えた人は、あの人なんじゃないかとか。
たった数分の出来事を見ただけなのに、負のスパイラルに陥ったオレは、ゆっくりとその場から立ち去った。
優さんは、知っているのかなって。
トボトボ歩きながらそんなことを考え、とりあえず目的のお店にやってきたオレは、お目当てのチョコレートを探す。口の中いっぱいに、甘く広がっていくチョコレートの味。
雪夜さんはある程度のストックを残してくれていたけれど、オレは独りの寂しさに耐えきれず、それも食べ尽くしてしまったから。
心を落ち着かせるためにも、今のオレにはチョコレートがどうしても必要だった。棚にあるだけそのチョコレートを買い込んで、一目散で向かった先は雪夜さんのお家。
合鍵を使い、玄関を開けて。
靴を脱ぎ捨てたオレは、ベッドにいるステラに思いきり抱き着いて涙を零した。
「っ、なんで……兄ちゃ、なんで……」
雪夜さんがここにいたなら、絶対助けてくれるのに。縋る思いで抱き締めたステラは、何も語ってはくれなかった。
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