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第684話

ひとしきり泣いて、オレはステラを抱き締めたまま部屋の窓を開けた。たまにしか来られないけれど、雪夜さんのお家の換気をするのはオレの仕事だから。 任せられたことをしなきゃって、キッチンの換気扇もつけたオレは、フラフラと部屋の中を歩き回り、ボフっとソファーに腰掛けた。 「暑いね、ステラ」 モフモフふわふわなステラを抱え、ソファーにちょこんと座り込んでしまえば、オレは何とも言えない夏の空気に包まれてしまう。おまけに、蝉の鳴き声まで聴こえてきて、オレは数分で窓を閉めてクーラーをつけた。 俺がいなくても普段通りに過ごしてくれて構わないって、雪夜さんは言ってくれたから。電気もガスも水道も、ちゃんと使えるんだけれど。部屋はいつもと一緒なのに、いくら待っても雪夜さんは帰ってこないんだ。 暇つぶしに買ってきたチョコレートを頬張って、口の中に広がる甘さにとろんと目を細めたオレは、きゅーっとステラを抱き締め頬擦りをする。 「雪夜さん……」 雪夜さんが言ってた通り、兄ちゃんを好きにさせておいて本当に大丈夫なのかな……兄ちゃんは、優さんが大事なんじゃないの。 どうして、あんな笑顔で。 雪夜さんがいたら、心配すんなって笑ってくれるかな。大きな手で優しく頭を撫でてくれて、オレの話す言葉をちゃんと受け止めてくれて。そうやって、オレの心を落ち着かせてくれるのに。 雪夜さんは、送られてくるLINEの文字のウラ。パソコンやスマホを持つ手の先、そこにいるのに……ずっと、ずっと遠い。 でも。 雪夜さんを思い出す度、雪夜さんは優しくオレに微笑んでくれる。離さないからと、傍いてほしいと……そう言ってくれた雪夜さんが、今は傍にいてくれる。 だから会えなくても、今の雪夜さんはオレの隣にいなくても。想いは、一緒にいてくれるような気がするから。 寂しいと、口にはしないようにして。 会いたいと思っても、まだ雪夜さんに会えなくて。 声に出してしまったら、伝えてしまったら。 オレは、本当に寂しくなっちゃうから。 だから、声にできない色んな想いを込めて。 オレは今日も雪夜さんに、愛していますと文字を送る。雪夜さんに、全て届いているのかは分からないけれど。今の雪夜さんには色んなことを悟られないように、一生懸命強がっているけれど。 形に出来ない感情は、会わないと伝えられないものなのかな。手を繋いで、抱き締めて、声を聞いて、呼吸を感じて……好きな気持ちは同じなのに、離れていると伝わらない。 ねぇ、雪夜さん。 オレは、雪夜さんが大好きだよ。 寂しいよ、傍にいてほしいよ。 本当は、ホントは、ほんとは……行ってほしくなんてなかった。だけど、これはオレのわがままだから。 「ナイショだよ、ステラ」 雪夜さんには、ナイショ。 半年も会えないなんて、耐えられないけれど。 あの時、いってらっしゃいってオレが笑えたのは、おかえりなさいって笑顔で雪夜さんに言えるようになりたいって思えたから。 今日も、明日も、明後日も。 オレはずっと、雪夜さんを待ってる。

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