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第690話

どうしてランさんが、雪夜さんの味を知っているのかは分からないけれど。今はそんなことよりも、心と身体に沁みていくオムライスの味に雪夜さんを感じて。 ご馳走様でしたと手を合わせたオレは、ようやく止まった涙を拭いて現実世界に舞い戻る。オレより先に食事を済ませていたらしい兄ちゃんと優さんを見て、オレはこの二人から話を聞かなきゃいけないんだって思い出していた。 「せい、泣くほどランちゃんのオムライスが美味しかったの?もう落ち着いた?大丈夫?」 心配そうに声を掛けてくれる兄ちゃんだけど、オレが聞きたいことはそんなことじゃなくて。オレが泣いていた理由を話してしまうと長くなると思ったオレは、オレから話を切り出そうと決めたんだ。 「もう大丈夫、ありがとう……それより兄ちゃん、どうして女の人と一緒に手を握り合ってたのか教えてほしい。ゆっくり話してくれるんでしょ?それなら、話してよ」 向き合わなきゃ、言葉を聞かなきゃ、心のモヤモヤは消えてはくれないから。少しだけ強めの口調で真っ直ぐ兄ちゃんの目を見てそう言ったオレは、ぎゅっと雪夜さんのジッポを握りしめる。 心の内を隠すのが上手い兄ちゃんと、感情のコントロールが下手なオレ。だけど、今のこの状況ではオレの気持ちの方が強かったらしく、兄ちゃんははぐらかすことを観念したのか、オレから視線を逸らすことなく呟いていく。 「俺が昼間カフェで一緒にいた人はね、あの人は俺の大事な人なんだよ。俺は今日、その人とせいが見た通りの行動をしてたの」 兄ちゃんの、大事な人。 それは優さんだけじゃないのかと、オレは混乱している表情のまま兄ちゃんの隣にいる優さんを見る。 「星君、そんな怖い顔をしないでおくれ。光は、何も悪くないんだ……俺は光が今日、何処で誰と会って、何をしていたのか、全部知っている」 だからって、こんなの、違う。 兄ちゃんと優さんが一体何を考えているのか、オレには全く理解ができない。 だって、もしも。 もしも、雪夜さんとオレが兄ちゃんと優さんみたいな付き合い方をしていたら。大事な人からオレじゃなくて、別の大事な人がいるって告げられたら。 絶対に、辛いはずだから。 平然を繕って、お互いがそれでいいと思っても。大丈夫なフリをしていても、大丈夫だと思い込んでいても。それは、痛みに慣れてしまっているだけだから。 だから、やっぱり。 「あの、オレがこんなこと言うのは間違ってるって分かってますけど。二人ともおかしいですよ、大事な人って一人じゃないんですか?いくらお互いが信頼し合っていたとしても、心の片隅で辛い思いをするのは兄ちゃんと優さんでしょう?」 大人な二人を前にして、感情に任せて一度口を開いてしまったオレは、もう止まらない。 「優さんがいくら兄ちゃんを受け入れてくれるからって、同じことを兄ちゃんがされたら嫌じゃないの?優さんだって、本当は嫌なんじゃないんですか?こんなの、こんなのやっぱりおかっ……」

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