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第692話
「……そのことをね、誤解ですって否定してきたの。優のお姉さんには旦那さんがいて、優が結婚しなくてもお寺は大丈夫だからって一方的に言われたんだけど」
「身内に、俺達の付き合いを知られるのは……な。腐った姉の勘違いだと説得するために、今日はあの場を設けたんだ」
二人の言ってる意味が、オレにはよく分からない。男同士で付き合っていることを反対されたのならまだしも、応援するって言ってくれた人の意見を、どうしてわざわざ否定する必要があるんだろう。
もしかしたら、優さんのお姉さんは口が軽い人で。簡単に肯定してしまったら、色々と面倒なことになってしまうから否定したってことも考えられるのかもしれないけれど。でも、やっぱり……オレには、兄ちゃんと優さんの考えが理解できなかった。
オムライスを食べてボロボロと泣いたり、そうかと思えば兄ちゃんと優さんの付き合いに口を挟んでしまったり。二人からすれば、きっと今のオレの状態の方が意味不明だとは思う。
情緒不安定で、周りを巻き込んで。
それも重々承知の上で、オレは今ここにいる。これが正しいことかは分からないけれど、オレは兄ちゃんが優さんの隣で笑っていてほしいだけなのかもしれない。
「とりあえず、せいが心配するようなことは何もないから安心して」
「え、あ……うん」
落ち着いた兄ちゃんの声でそう言われ、色々と頭の中で考えていたオレは一旦思考を停止する。握り締めていたジッポを持ち直し、カシャンカシャンと雪夜さんがしているみたいにジッポのフタを開けたり閉じたりして。
手つきは、まだぎこちないけれど。
そんなオレの仕草に気がついたらしい優さんが、オレを見てクスッと頬を緩めて笑った。
「星君、雪夜の癖が移ってしまったようだな」
「あー、ユキちゃんもよくやるよね。親指で開けたり閉じたり、あとは親指で開けて手首のスナップだけで閉じたり。あの男、無駄に器用だから」
「雪夜は手つきが卑猥だ」
「それを言うなら、ユキの存在そのものがでしょ?ユキが纏う空気には、飾らない色気があるの。俺や優には出せないユキだけのもの、せいが持ってる空気と同じ」
兄ちゃんと優さんの話を、ボーッと聴いていただけのオレだけど。兄ちゃんの言葉に、オレの手が止まった。
「飾らない色気、か。確かに、似ているのかもしれない……二人とも、自然体のまま生きているように思える」
「いいことだよね。せいもユキも、お互いが持ってる飾り気のない素の魅力に惹かれてるんだから。想い合って、支え合って、お互いが成長して……これから先も、ずっとそうやって、笑い合える二人でいてほしいと思う」
「兄ちゃん……」
儚げに微笑んで、そう言ってオレを見つめる兄ちゃんの瞳に嘘はないのに。この時感じた小さな違和感が、後に大きな問題へと発展することになるなんて。
何も知らないオレはそのことに勘づきもせず、ただ黙って兄ちゃんの言葉に頷くことしかできなかったんだ。
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