693 / 720
第693話
店内にいたお客さんが次々と消えていき、兄ちゃんと優さんは会計を済ませて。その時にランさんから声を掛けられたオレは今、カウンター席で項垂れている。
オレさえよければ、今日はお店に残らないかと。そうランさんに言われたオレは、兄ちゃんと優さんとはお店で別れ、ランさんと二人でお話している最中なんだ。
兄ちゃんと優さんに連れられここにやってきたオレを、心配してくれていたらしいランさん。雪夜さんが作ってくれる味がしたオムライスも、やっぱりランさんの暖かな気遣いだったみたいで。
「ランさん、どうして雪夜さんのオムライスを再現できたんですか?」
気になっていたことを、ランさんに尋ねたオレだったけれど。
「あら、私を誰だと思っているのかしら?」
ランさんは、そう曖昧に答えてくれただけで、詳細は非公開のままだった。
冷たいカウンターに右の頬を寄せ、左手で握ったジッポをただぼんやりと見つめる。一番奥の席に座っているオレは、ジッポを通して店内の風景を視界に入れていた。
「星ちゃん、その姿雪夜そっくりよ」
「え?」
カウンター越しでそう言って笑うランさんは、洗い終わったグラスを一つ一つ丁寧に磨きながら口を開く。
「雪夜もよく独りで此処に来て、今の星ちゃんみたいにカウンターと仲良くしてたわ。止まり木に身を預けて、まるで心を癒すみたいに」
「止まり木、ですか?」
「翼を広げて飛んでいる鳥も、羽を休める場所は必要でしょう?バーのカウンターテーブルはね、文字通りBARなのよ。お客様が、心を休めるための止まり木……そこにどんな癒しのエッセンスを加えるかは、そのカウンターを境界線として、こちら側の人間が考えること」
つまりは私の仕事ねって、ランさんはウインクしてオレの頭を優しく撫でてくれる。
「光ちゃんと優君、二人がお姉さんには自分達の付き合いを否定したこと……星ちゃんは、納得出来ないかしら?」
なぜオレが兄ちゃんと優さんとここに来て、浮かない顔をしていたのか。今日起こった全てのことをランさんに話したオレは、少しだけ冷静になってきた頭でこう答えた。
「人には、色んな理由があるんだと思います。さまざまな考え方があって、多くの捉え方があって……オレは、まだ子供なんです。頭ではなんとなくそのことを分かっていても、感情が先に溢れてきちゃうんです」
兄ちゃんと優さんには、二人にしか分からない事情がある。それは、オレや雪夜さんにだって。弘樹や西野君、オレと全く面識のない、通りすがりの人達にだって……それぞれの考え方や、捉え方があるんだってことは分かっているつもりだけれど。
「大人になっても同じだわ、冷静に判断して物事の善し悪しを決められる程、感情ってものは上手くは動いてくれないものよ。頭では理解出来ても、心がソレを拒むことだってあるわ」
「ランさん……ランさんがもし、兄ちゃんと同じ立場になった時。ランさんは、兄ちゃんと同様の選択をすると思いますか?」
ともだちにシェアしよう!