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第695話
【雪夜side】
酔った上司の介抱をしたあの日から、気がつけば数日が過ぎていた。兄貴が言っていた通り、酒を飲んだ後の記憶がないらしい竜崎さんには適当に嘘を並べて。
知らぬが仏状態の竜崎さんは、普段と変わりなく俺に接してくれている。まぁ、だから俺は俺で、何も知らないフリをしながら海外生活を送っているのだが。
飛鳥との関係を知ってしまった俺は、竜崎さんを尊敬しつつも、心の奥底ではどうしても哀れんでしまうのだ。
届かない想いを隠し、それでも飛鳥を求めているような竜崎さんの呟きは、俺の頭の中から消えることがないけれど。
「雪夜クーン、あーそーぼー」
竜崎さんが出掛けていて、ホテルの部屋で独りダラダラ過ごしている俺のところにやってきたのは、鬱陶しい柊だった。
問題を起こすなと竜崎さんから釘を刺されている俺は、仕方なく柊を部屋に入れざるを得ないのに。今日も爽やかな好青年を演じている男のセットされた髪が、俺との差を見せつけていた。
「だーれーが、お前なんかと遊ぶかよ。遊び相手欲しいんなら、他の研修生に構ってもらえ」
今やってきたばかりの柊を追い返すため、俺はそう言って寝癖がついた髪のままゴロンとベッドにうつ伏せるけれど。
「何を勘違いしてるのかな?独りで寂しそうにしてる雪夜クンを、俺が構ってあげるために来たんだよ?」
「別に寂しくねぇーし、どっか行け。俺は寝る」
柊の性格も顔も嫌いな俺は、その姿をなるべく見たくはなくて。転がったベッドの上にある枕を抱え、そこに顔を埋めた。
ここ最近、身体に疲労が蓄積されていくのを感じる。日々の疲れを癒してくれる、かけがえのない存在に会えないこと……いくら声を聞いても、愛らしい姿の写真を見ても。不足している栄養素は、俺の身体にくっきりと爪跡を残し始めていて。
眠れぬ夜が毎日続き、一睡も出来なくなって今日が3日目。やっと襲ってきた睡魔に流されるようにして、そのまま瞳を閉じた俺に柊は話し掛けてくる。
「雪夜クン、強がりさんなんだねぇ……でも、早くお家に帰りたいってキミの顔に書いてあるよ。日本時間も気にしているようだし、恋しい相手と離れて寂しくて、眠れないってところなんじゃない?」
……どんな洞察力してやがんだ、このクソ野郎。
俺が寂しくて死にそうなのは、間違いじゃない。日本に帰りたいのも、一刻も早く愛する星くんに会いたいのも。眠れぬ夜を過ごし、無駄に体力を消耗しているのも。柊の言うことに何ひとつハズレがなく、俺は溜め息を吐く。
「だったら、なんだっつーんだ……お前に構ってほしいなんて、俺はひとことも言ってねぇーんだけど」
肯定はしていないが、これじゃ寂しいと言っているようなものだ。そう思いつつも、上手く働かない頭で言葉を紡いだ俺は、もう、眠たくて眠たくて……虚ろな目を無理矢理こじ開け、ドア付近で腕を組み佇んでいる柊を睨みつけるけれど。
「じゃあ、恋人の代わりに俺が添い寝してあげようか?」
ククっと笑ってそう言った柊の言葉で、俺の頭は飛び起きた。
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