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第696話

ゆっくりと、確実に近づいてくる柊がキモい。 けれど。 疲れきった俺の身体の動きは鈍く、ふらふらする頭を擡げて身体を起こした俺は、柊に肩を掴まれていた。 「キモイ、離せ」 「おや、意外に吠えないんだね」 ……吠えたくても、声出ねぇーんだっつーの。 ついでにいうと、今の俺にはコイツの気色悪い手を払い除ける気力すらねぇーんだ。 掠れた声と、力ないカラダ。 それでもなんとかこの状況から逃れるために、俺の肩に乗る柊の手を掴んで、俺は柊を睨みつける。 一体、この男は何がしたいんだろう。 最初は柊自身が竜崎さんの地位まで確立するために、俺や竜崎さんに近づいてきたと思っていたのに。 その俺の考えは、当たらずとも遠からずで。 柊がステップアップの手段として、俺を踏み台にしているのは間違いないはずなんだ。けれど、それにしては引っかかる部分があり過ぎて余計に気持ちが悪い。 髪型も、顔も、体格も。 それに加えて、内面までキモイこの男は何なんだ。 そんなことを思いつつも、できれば触れたくない柊の手を掴んでいる指先にグッと力を入れれば、柊は思いの外、すんなり俺から手を引いた。 けれど。 「……俺さ、雪夜クン気に入っちゃった」 「は?」 俺のベッドにボフっと音を立てて腰掛けた柊は、胡座をかいてベッドの上にいる俺の前に仰向けで倒れ込む。 「ココ、俺のベッド、邪魔、どけ、帰れ」 「いや、ムリ、ってか、俺の話聞いてよ?」 「邪魔だっつってんだろッ……と」 気に入られても全く嬉しくない相手、そんなヤツが俺のベッドに転がっているのが許せなくて。俺は曲げていた足を伸ばして柊を蹴り付ける。 ほぼベッドの中央で伸びるように横たわっていた柊は、その衝撃でベッドの隅までコロコロと転がっていった。 「ソレ……雪夜クンさ、いい足持ってるでしょ?利き足は左、でも左右まんべんなく使いこなせる……ねぇ、どうしてその足はプロの芝を踏まないんだい?」 そのまま、ベッドから落ちてくれればよかったものの。人のベッドの上で今度はうつ伏せになり、頬づえをついて俺に問い掛けてくる柊は楽しそうに目を細める。 どうやら俺は、この男と遊ばなきゃならないらしい。いつにも増してボーッとする頭で、ストレッチするように首を左右に傾けた俺は、その後にくるりと一周首をまわした。 目にかかる前髪を片手でかき上げ、再度柊を睨みつけた俺は、深い溜め息を吐いた後に口を開く。 「どれだけ努力しても、どれだけ活躍しても……プロの世界までは辿り着けねぇーヤツらの方が多いんだ。俺もその一人だっただけ、女神が俺に微笑むコトはなかったんだよ」 「なるほど、ケガでもしたのかい?」 「いや……環境っつーか、自分で諦めた」 どうして俺は、嫌いな相手に過去を話しているのだろう。そう思い柊の瞳に視線を移した俺は、その答えを見つけていた。

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