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第699話

俺の問いかけに答えず、柊はただゆっくりと隠していた瞳を俺に向けて微笑んだ。その表情は、安堵しているようなとても穏やかなもので。 まるで俺たち二人が、この短時間で打ち解けあえたような顔をする柊に、俺はなんて声を掛けたらいいのか分からなかった。 人間としては嫌いだし、できれば関わりたくない存在ではあるけれど。コイツの、柊のサッカーに懸ける思いだけは理解できる気がして。 その情熱だけは認めてやらなくもない、と。 何処か上から目線でそう思う俺は、訪れた沈黙に再び眠気を感じていた。 しかし。 その眠気のなかでも、人のベッドで優雅に寝転ぶ柊に苛立ちを覚えた俺は、コイツをここから追い出すために柊の腹を蹴飛ばしてやる。 「痛いっ、ちょっと痛いよ?」 横っ腹を押さえながら痛いと言ってヘラヘラ笑う柊は、そんなにダメージを感じていないんだろう。俺も俺で、自分の身体に上手く力が入っていないことを感じる。 「お前が痛かろうが、泣こうが、喚こうが、俺にはどうでもいい。もう構ってやったんだし、そろそろどっか行け」 小さな強がりと、鬱陶しいという思いを込め、そう柊に言った俺だったが。 「さっきまでの雪夜クンは、物凄く甘い雰囲気で俺の話を聞いてくれてたのに。キミって優しいくせに、人に流されることはないんだね」 見事なまでの腹筋を使い状態を起こした柊は、寝転がっていたせいで、セットされた髪が乱れたのを整えつつ俺に話しかけてくる。 額に落ちた前髪が、まだチラリと残る柊の顔面。その言葉と仕草から、完全にコイツを追い出すタイミングを逃したと思った俺は、柊の声を聴きつつ深い溜め息を吐いた。 「強気で一匹狼……人に興味ないって言ってるけど、自分に厳しく人には甘い。優しさの加減はコントロールして、自分と相手との距離を一定に保とうとする。雪夜クンは、自分の中で何か強い信念みたいなものがあるのかい?」 何を言っているんだが……と、思いたいところではあるが、俺のことをしっかりと柊に見抜かれている気がしておもろしくない。 「んなもんねぇーってか、考えたことねぇーんだけど」 「じゃあキミは、素でソレをやってるわけ?」 素でやってるというより、俺は俺なワケで。 光のように繕うこともなければ、星のように素直な部分があるワケでもない。ただ、誰にどう思われようと、俺は俺が思うように生きていきたいだけなんだ。 けれど。 そのことを上手く言葉にして柊に伝えることができない今の俺は、回転不足の頭で柊からの問い掛けに首を傾げ、曖昧に答えるだけだった。 「……っと、分からないなら俺が教えてやる。素の雪夜クンはさ、不意打ちに弱いんだ。このまま俺に流されてみる気、ない?」 一瞬、コンマ何秒の世界で柊の動きに遅れをとった俺。そんな俺の揺らぐ視界に入ってきたのは、部屋の天井と、吐き気がするくらいに気色悪い柊の笑顔だった。

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