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第700話

なぜ俺が、柊に組み敷かれているんだろう。 抵抗も何もなく、俺はただそんなことを考えていた。 押し倒されたからといって、俺がパニックになるようなことはない。反応が遅れた自分を心底恨むし、コイツは今すぐ殺してやりたいけれど。 ここで暴れれば、コイツの思うツボだ。 そう判断した俺は、酷く冷静な頭で今の状況を確認する。 骨盤辺りをがっしり両膝で押さえ付け、俺の動きを封じた柊。脚は使えそうにないが、上半身は両肩にかかる柊の重さがあるだけで、俺の手には自由がある。 これなら、楽勝だ。 クソな兄貴二人がかりで押さえ付けられ、フルボッコにされた中学時代より生温い状況。あの戦闘民族なクソ兄貴たちを相手に、俺がどれだけ殴られてきたか、この男は知る由もないだろう。 俺はそんな兄貴たちから逃げる術と、人を痛めつけるための手段を幼い頃から英才教育されているから。今は何処にも視線を向けることなく、柊がちょっとした優越感に浸るまで、俺は大人しく柊のされるがままになってやろうと思った。 俺を気に入ったと言った柊だが、ソッチの意味でだったのかと。やっぱりコイツは人間のクズだとか考えつつも、俺は柊の隙に入り込むため眠気と疲労感を利用する。 ここでコイツを殴ってしまったら、問題行動を起こしたことになってしまうし、何のために研修に参加したのか分からなくなってしまうから。 こんな時でも愛する星くんのことを思い、俺はこのおかしな状況に必死で目を瞑っていた。 「結構すんなり、流されてみる気になったのかい?」 そう言って、俺が抵抗しないことに満足したのか、俺の肩からゆっくりとベッドに落ちた柊の手。その手は肩のすぐ近くにある俺の首筋へと移動を始め、俺は他人に触れられる気持ち悪さを感じた。 「キミ、やっぱりすごく魅力的だ……一匹狼の雪夜クンだけど、今は怯えた子犬みたいでとても可愛いよ」 あまりの不快感で眉を寄せた俺を見て、柊は男の顔を覗かせながら笑う。マジでキモいと連呼している脳内を悟られぬよう、俺は力みそうな身体を脱力させることに専念した。 「……お前には、俺が怯えてるように見えてんの?」 それなら、その方が好都合だと。 心の中で柊を嘲笑い、わざと誘うように柊を挑発した俺は、気色悪いコイツの笑顔を捕らえて真っ直ぐにその瞳だけを見つめる。 「雪夜クンってさ、かなりの色気があるよね」 「自分じゃ分かんねぇーよ、そんなもん」 柊を自ら受け入れる素振りをするため、俺は自由な両手で柊の首に腕を回し、さも乗り気になったフリをしながら柊の顔を自分の方へと抱き寄せた。 「……ッ!?」 その瞬間。 柊の身体からすっかり力が抜けて、俺はそのタイミングで腹筋を使い上体を起こした。そのまま柊に抱き着くような状態で、一度柊を見て微笑んだ俺は、首に回していた両手を柊の手に絡ませ、力任せに柊を押し倒す。 「っと……立場逆転、俺を犯そうとすんなんて百年はぇーんだよ、クソ野郎」

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