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第702話
怪しい笑みを零しつつ、互いに睨み合うこと数秒。ノック音の後に部屋のドアを開けたのは、用事を済ませて戻ってきたルームメイトの竜崎さんだった。
「……おや、珍しい組み合わせですね」
「お疲れ様です、竜崎コーチ」
先にそう言ったのは俺で、続けて俺と同じ言葉を竜崎さんに掛けた柊は軽く会釈するけれど。二人ともお疲れ様と、労いの言葉を返してくれた竜崎さんは、床で胡座をかいている柊を見て苦笑いを洩らす。
「柊コーチはどうして、そんなところで座っているんですか?イスならそこにありますし、地べたに腰を降ろすのはやめた方がいいかと」
自身のベッドに腰掛け、柊を見下ろしながらスーツのジャケットを脱ぎ捨てた竜崎さんは、俺が柊をそこに突き落としたことを知らない。
ついさっきまで、俺と柊がベッドの上で主導権の奪い合いをしていたことも。今は胡座をかいているだけの柊が、数分前まで床に顔を埋めていたことも竜崎さんは知らないから。
「白石コーチ……差し支えなければ、この状況を説明してもらえると僕は助かります。ないとは思いますが、貴方たち二人に何か問題が起きていると困りますので」
首に巻き付けてあるネクタイを緩め、視線を柊から俺へと移した竜崎さんは心配そうに問いかけてきた。揉め事を起こすなと、前に竜崎さんから釘を刺されている俺と柊。
その二人が睨み合っていたのだから、竜崎さんからすれば、事実確認をしたい気持ちがあることは分かるけれど。
「あーっと……」
それは、今すぐに答えなきゃならないものなのかと。正直すげぇーめんどくせぇーと思いつつ、俺は眠い目を擦りながら口を開いたが。
なんて説明すれば、竜崎さんに納得してもらえるだろう。そう考えてはみたものの、コレといった答えが見つからず、俺は言葉を続けることが出来なくて。
俺は無意識に、柊の瞳を見つめていた。
「白石コーチと体幹の話をしていたんですが、俺が少しムキになってしまって。実践しようにもベッドの上だと不安定なので、此処でやろうとしていたところに竜崎コーチが戻ってきたんです……ね、白石コーチ?」
口からでまかせを吐き、視線のみで俺の言うことに肯定しろと圧をかけてくる柊。コイツに頼りたくはないが、今は柊の言うことに素直に従っておいた方が良さそうだと思った俺は、大人しく首を縦に振る。
「それならいいのですが……白石コーチも柊コーチも、少し体を休ませた方がいいと思いますよ。体幹も重要ではありますが、睡眠も大事ですし。ミーティング中に居眠りされるのは、僕が辛いですしね」
ここ数日のあいだ、俺がほぼ寝ていないことを知っている竜崎さん。心配されていることは重々承知しているが、どう頑張っても眠れなかったのだから仕方がない。
そんなことを思っている俺と、床に座ったままの柊に声をかけると、竜崎さんはその後同じ目線にいる俺だけを見つめ、ふわりと優しく微笑んだ。
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