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第703話
「さて、竜崎コーチも戻ってきたことだし、俺は自室に戻るよ。また遊ぼうね、白石コーチ」
平然とした顔で立ち上がった柊は、そう言い残して部屋から出て行った。
もう二度と、アイツと遊びたくなんかない。
クズな野郎は兄貴だけで充分なのにと思いつつ、俺は竜崎さんに礼を言おうと口を開く。
「……あの、竜崎コーチ」
「色々と聞きたいことはありますが、雪君はまず寝てくださいね。今日と明日はオフですし、明後日からは新たな地に移動になりますので、今のうちに休んでください」
俺の言葉を遮るようにして、竜崎さんから言われたことを黙って受け入れた俺は、竜崎さんに頭を下げてシャワールームに向かった。
眠い、本当は今すぐ寝たい。
けれど、柊に触れられたままの身体で眠りに就きたくはなくて。ボーっとする頭と重いカラダに鞭を打ち、服を脱ぎ捨て髪からヘアゴムを引き抜いて。シャワーの蛇口を捻った俺は、頭上から冷水を浴びる。
「ッ……クソが」
水の冷たさよりも、感じるのは自分自身への苛立ち。眠れないことや、柊とのこと。そして、竜崎さんから気遣ってもらったこと……その全ては、俺の未熟さが原因だ。
音が響く閉ざされた空間で、吐き捨てた言葉はやり場のない怒りとともに己へと返ってくる。
瞬く間に濡れ切った髪、そこから落ちる水滴をただぼんやりと視界に入れて。爪の跡が残るほどに強く握り締めた拳で、俺はゆっくりとシャワールームの壁を押す。
人に当たることもできなければ、物に当たることすらできないこの状況で、伸ばした腕に体重をかければ、握った拳に痛みを感じてようやく小さな笑みが漏れた。
それは自嘲以外の何物でもなく、自己嫌悪まっしぐらな俺は客観的に自分自身を見つめ軽蔑する。
星がいないことを、理由にしてはいけない。
全てを他人のせいにするのは容易いが、それこそ幼稚な考えなのだと……分かっていたつもりだったのに、知らず知らずに甘えていた自分が情けなく思えてならなかった。
睡眠も、体調管理の一環だ。
そして、体調管理も仕事の一環だと社会に出れば言われてしまう。他責にせず、自責の念を強く感じ、怠けた気持ちを改めていく。
クソな柊に押し倒された屈辱感、竜崎さんを前にしてその相手に屈服せざるを得なかった自分。
それが、本当は悔しかったなんて言葉にできるわけがない。プライドなんて邪魔なものは持ち合わせていないが、それでもアイツにだけは、柊だけには負けたくないと。
普段なら感じない闘争心に火が付くのを感じた俺は、柊に触れられた気色悪さや自分の情けなさ、闘争心以外のマイナスな感情全てを洗い流すために、冷水から温かなお湯に切り替えていく。
「あー、ねっむ……クソだりぃ、マジで」
俯いていた顔を上げ、心地よく降り注ぐシャワーに打たれつつ握った拳を開いた俺は、その手で濡れた髪をかきあげると大きく息を吐いたのだった。
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