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第706話
星の兄の光、その執事の優。
光が兄として星の前で笑えるのは、優の存在があるからだ。光本人が俺にそう洩らしたこともあるのだから、それは間違いない。
優に依存している光が、もしも優を手放したら。兄弟の関係も拗れていくだろうし、今の星じゃまだ……そのことを受け入れるだけの余裕もないだろうと思う。それじゃなくても、ランにレシピ教えといたオムライス食っただけで、泣いちまう星くんなのに。
付き合うのも別れるのも、当人同士の問題だとは思うが。星のことや光のことを考えると、今は別れ話をするよりも、優が光を支えてやれる状況を保つことが優先される。それは優自身も理解しているようで、俺の言葉を否定することはなかった。
それが優の答えなんだと俺は受け取り、優は光を心底愛しているんだろうと思いつつ、俺は煙草の煙を吐いていく。
俺も優も、星と光の仲を壊したくはない。
強過ぎる兄弟愛、俺がそのあいだに入ったことで一度は崩れ掛けた兄弟二人の関係は、兄として光が振る舞うことで修復されたけれど。
その裏で優の支えがあったことを、俺も星も分かっている。だからこそ、やはり光には優が必要だと俺は考えてしまうのだが。
『王子様には困ったものだ、意志が強いのは悪いことではないのだがな。雪夜、お前の存在は大きい……星君だけではなく、光も本当は寂しがっている』
「俺もできることなら星の傍にいてぇーよ、けどこれは俺とアイツで決めたことだ。だから星には、とりあえずランがいる。でも光には、お前しかいねぇーだろ」
星は、いい意味で俺以外にも懐く。
周りの人間を頼ることができるヤツだし、素直に自分の気持ちを相手に伝えることができる。だから星には、自然とアイツを守ってくれる存在が増えていくけれど。
光は、星と間逆だ。
人に頼ることをせず、素直な思いを言葉にすることもない。広く浅く付き合っている周りの人間には、きっと悪魔な内面すら出していないだろうと思う。
そんな光が、心を許す相手は優しかいない。
そして優もまた、光だけにその身を捧げているように思えるから。俺が今言えることは、別れんじゃねぇーよ、クソが……って、遠回しに伝えてやるだけだった。
「俺が戻るまでにどうにかしろ、どうにもならなかったら……そん時は、話聞いてやる」
『さっきと言っていることが違うぞ、雪夜』
「うっせぇーな、もう一度言ってやっから耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ。優、光にはお前しかいねぇーんだよ」
『ああ、そうだな……もう少し、足掻いてみることにするさ。雪夜、死ぬなよ』
「お前もな」
言葉は少ないけれど、それでも感じ取れる優からのエールに小さな笑みを零した俺は、通話が終了した音を聴きつつ煙草の火を消した。
日本から離れた後、俺はずっと早く時間が過ぎればいいと思っていたけれど。光と優にとっては、今が永遠に続く方が幸せなのかもしれないと……そんなことを思いながら、俺はこの地の風景を目に焼き付けていた。
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