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第709話
雪夜さんに、とてもよく似た声色。
電話じゃなくて直接響くその声は、雪夜さんに全然会えていない今のオレには危険過ぎて目眩がしそうだった。
よく分からない安心感と、よく分からない恐怖感。その二つは、今までに感じたことのない危機感へと変わって、オレは固まった体を更に強ばらせていくけれど。
「……ひゃぁッ!?」
自分でもびっくりするくらいの声を上げたオレは、今自分に何が起きているのか分からなかった。
「見た目だけじゃよく分かんねぇからなぁ、やっぱ野郎か。ちっせぇけどちゃんと付いてんじゃん……ってか、子猫ちゃんすげぇ感度イイな」
ほんの、一瞬。
確かに触れられたことを告げる言葉に、オレは呆然とした。それは、雪夜さんと初めて出逢った時より衝撃的かつ致命的で。オレはパニックを通り越し、完全に思考停止状態になってしまってその場に蹲る。
「……あんさ、子猫ちゃん。ビビらせちまったのは悪ぃけど、そこで丸まってると邪魔になっから」
オレの頭の上から降ってくる声は、オレとは違いとても冷静で。言われていることはご最もだとは思うけれど、されたことがあまりにも不埒過ぎてオレは動けない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
同じ言葉だけがぐるぐると頭の中を駆け巡り、そのうちピーッと音を立ててしまいそうなくらいにオレの心臓はドキドキと脈を打つ。
何も答えることが出来なくて、どうしてこんなことになっているのかも分からなくて。雪夜さんのお兄さんだとは思うけれど、本当にそうなのかも分からない相手を前にし、オレは視線だけをゆっくりとその人に向けてみた。
整い過ぎている顔は、オレを見下ろしニヤリと笑っている。それが段々と近づいてきて、オレは今すぐにでも逃げ出したい気持ちになり、ぐっと唇を噛んで恐怖心を押し殺す。
強く握り締めた鍵が、掌に刺さってズキズキした痛みを感じるのに、力を抜くことができなくて。オレは、目にうっすら涙を浮かべてしまった。
「動けねぇの?」
そんなオレの瞳を覗き込んで、問い掛けてきた雪夜さんのお兄さんっぽい人は、さっきまでとは異なる表情で優しく微笑んできて。
「大人しくしとけよ」
そうオレの耳元で、囁いたかと思った瞬間。
「ッ!?」
オレの身体がふわりと宙に浮き、オレはびっくりして目を丸くする。マンションのエレベーターとは反対側の自動ドアへと歩いていく革靴の音、やっぱり凄く上品な音色を聴きつつ、オレは今、この人に抱きかかえられているんだと認識した。
「あ、あのっ!!」
やっと出た声は裏返り、エントランス内に響き渡る。触れないでほしいし、離してほしいし、なによりこの状況を説明してほしくてオレは口を開いたのに。
「大人しくしてろ、三度目はねぇからな。お前に拒否権はねぇぜ、子猫ちゃん?」
意地悪な笑い方、揺らめいていく琥珀色の瞳。
その声と、どこか懐かしく感じるフレーズから……やっぱりこの人は、雪夜さんのお兄さんだってオレは確信した。
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