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第711話
雪夜さんの時と同様、飛鳥さんとの出逢い方はおかしなものだったけれど。車に乗った後は、触れられることもなければ抱き締められることなく、もちろんキスだってされてないから。
雪夜さんとの出逢いは、オレにとって特別なもので。例えお兄さんであっても、あの時の雪夜さんは越えられないんだってオレは思っていた。
少しずつオレも落ち着きを取り戻し始め、車内にはゆっくりと煙草の紫煙が漂っていく。
「……アイツの夢、奪ったのは俺たち家族だ。ケガもしねぇでそのまま順調にいってたら、やーちゃんは今頃、プロのピッチ駆け回ってんだと思う」
優しい声で話し出した飛鳥さんは、真っ直ぐ前だけを見ている。その横顔は、雪夜さんそっくりで。オレはそんな飛鳥さんの姿を、知らず知らずに見つめていた。
「俺ん家さ、俺がちっせぇ頃から両親二人とも仕事で海外飛んじまうこと多くてな。そんでも母親はなるべく家にいて、できる限りのことはしてくれた。でもその反発で、俺もまーちゃんも……あーんと、次男のクソの方、分かるか?」
雪夜さんのお家のこと。
とても気になる話の腰を自ら折り、飛鳥さんはオレにそう尋ねてきて。まーちゃんって、きっと車好きのお兄さんの方だって思ったオレは、飛鳥さんに問い掛ける。
「えっと、遊馬さん……ですか?」
「ソレ、俺ら二人とも遊び狂っちまったんだよ。家の状況考えて、アイツの夢を応援出来なかった親父の気持ち、今ならなんとなく分かるけど。それよりも当時は、諦めざるを得なかったやーちゃんが不憫でさ」
人には、その人本人にしか分からない事情がある。それは家族にも同じことがいえるんじゃないかと、オレは飛鳥さんの話を聞きつつそんなことを考えていて。
「良いとは言えねぇ環境の中でも、それでもひた向きに独りでボール追っかけてるアイツの姿見んのが辛かった。だから俺たちは、現実逃避できる遊びを全てアイツに教えて込んで……早く、夢を諦める方法を取らせたんだよ」
飛鳥さんが話してくれていることは、たぶん雪夜さんは知らない飛鳥さんの想い。雪夜さんからしてみれば、お兄さんたちにされたことは嫌な記憶として残っているけれど。
「無理矢理アイツに妹の世話させてたのも、それが理由。まぁ、単純に俺たちが遊びたかったっつーのもあんだけどな。でも、結果的に俺たちはアイツから夢を奪って、アイツが思い出したくもない過去を作っちまった」
どこか切なげに煙草の煙を追った飛鳥さんの視線は、車内ではなく遠くの景色に向かっていく。
「あの、どうしてそんな話をオレにしてくれるんですか?オレ、飛鳥さんとはさっき会ったばかりなのに……」
「子猫ちゃんだから、話してやってんの。やーちゃんはお前のモンだろ、その鍵が何よりの証拠だ。まさかあのクソガキが、男喰ってるとは思わなかったけどな」
そう言われ、飛鳥さんにそっと触れられたオレの手の中にあるのは合鍵で。オレは、どう繕っても逃れられない現実に、ぎゅっと目を瞑るしかなかった。
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