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第712話
「俺にとっちゃ、お前が男でもなんでもいいんだけど。バレたらどうしようって顔しちゃって、最初からバレってから。子猫ちゃんは分かりやすいな、今も緊張してんだろ?」
「いや、えっと……はい、すみません」
「謝るくらいなら、笑顔の一つでも見せてみろ。俺はもう、アイツの大切なモノ壊さねぇって決めたからさ。男のお前がやーちゃんの子猫でも、俺は気にしねぇから」
甘くて、優しい声。
とても真剣で、強い意志を持った眼差し。
飛鳥さんの言う通りオレは緊張していたし、バレたらどうしようって思っていたけれど。
雪夜さんがオレに愛してるって言ってくれる時と同じような飛鳥さんの姿に、オレの緊張感は解けていき、この人の言っていることは嘘じゃないんだって実感して。
「あの、ありがとうございます。オレ、雪夜さんが大好きなんです……だから、もし飛鳥さんに別れてほしいって言われちゃったら、どうしようって考えちゃって」
飛鳥さんの手がオレの手から離れていき、オレはゆっくりと掌を開いて握っていた鍵を見つめる。
「子猫ちゃん、名前なんてぇの?」
「星です、青月星っていいます。ご挨拶が遅れちゃって申し訳ないです、飛鳥さん」
運転中の飛鳥さんにオレはそう言って頭を下げ、飛鳥さんに向き直り自然と洩れた笑みを零す。
「すっげぇ可愛い顔して笑えんじゃん、やーちゃんが惚れんのも納得だわ。挨拶出来ねぇようにしてたのは俺だし、星君は気にしねぇでいいから」
咥え煙草で笑った飛鳥さんは、ポンポンってオレの頭を軽く撫でると、吸っている煙草の火を消してハンドルを握る。その一連の仕草が雪夜さんと一緒で、オレは思わず頬を染めてしまった。
でも、飛鳥さんは雪夜さんに似ているだけで雪夜さんじゃないから。オレはやっぱり雪夜さんが恋しくて……いくら容姿がそっくりでも、オレは雪夜さんじゃなきゃダメなんだって思ったんだ。
大好きな人に、会いたい。
さっきとは違う感情を込めて合鍵を握り直し、オレがふと窓の外に視線を移すと、そこにはとても見慣れた景色が広がっていて。
モクモクと大きく育った入道雲と、真っ青な空。暑い日差しが車の窓ガラスに反射するくらい夏らしい天気の下で、それは今日も変わることのない外観をしている。
もしかすると、もしかするのかもしれない。
そう思ったオレの予想通り、大きくはない駐車場に車を駐めた飛鳥さんは、オレに車から降りるように指示をくれた。
「デートなら、うちのクソガキはこの店選ぶだろ?」
車から降りたオレは、飛鳥さんから自信有り気に問われた言葉に素直に頷いてしまう。でも、今はランチの時間も終わり、休憩時間でお店は閉まっているはずなのに。
そんなことを無視して当たり前のようにお店の扉を開けた飛鳥さんの背中は、オレが初めてこのお店に来た時と同じように見えた。
「久しぶりだな、ランちゃん」
飛鳥さんに連れ去られ、拒否権がないオレがやって来たのは、最近とてもお世話になっているランさんのお店だった。
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