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第713話

「あら、誰かと思えば飛鳥じゃない……って、星ちゃんっ!?」 「……こんにちは、ランさん」 飛鳥さんの後ろから、ひょっこり顔を出したオレを見て。ランさんはとても動揺したのか、バタバタと音を立てながらカウンターからオレの元に走り寄ってくる。 「どうして、星ちゃんと飛鳥が一緒にいるのッ!?もう、どうしましょう……雪夜がいないこんな時に、こんなどうしようもない男と一緒にいちゃいけないわ」 「アイツがいねぇこんな時だから、顔見に来てやったんだよ。相変わらずうるせぇオカマだな、ランちゃん」 オレをぎゅっと抱き締め、ブツブツと呪文を呟いていたランさん。そんなランさんに飛鳥さんはそう告げると、オレとランさんをおいてカウンターに腰掛けてしまう。 「うるさいわねっ!それより星ちゃん、大丈夫?飛鳥と何処で会って何があったのか、ゆっくりで構わないから話してくれるかしら?」 突っ立っているオレの瞳を覗き込み、ランさんはとても心配そうに尋ねてくるけれど。 「えっと……」 どこから話せばいいのか分からないオレは、ランさんの問いに上手く答えることができなくて。 「やーちゃん家のマンションの下で、ばったり会ったんだ。俺のこと雪夜さんって子猫ちゃんが呼んだから、すぐにこの子猫がアイツの飼い猫だって気づいて俺が捕獲した」 間違ってはいないのに、なんか違う飛鳥さんの説明を聞いたランさんは、はぁーっと深い溜め息を吐く。 「ある程度のことは、理解できたわ。出逢ってしまったものは仕方ないし、とりあえず星ちゃんは大丈夫なのよね?」 ランさんに真っ直ぐ見つめられ、オレはこくんと頷いた。出会い方は大丈夫じゃなかったけれど、今はもう大丈夫だと思うから。 「星ちゃん、こっちにいらっしゃい。飛鳥は雪夜がお店に来る前から、ここの常連客だったのよ。でも、雪夜にこの場を譲って以来、顔を出さなくなっていたの」 飛鳥さんがいるカウンターまでオレを連れてきてくれたランさんは、話しながら手際良く二人分のペリエを出してくれる。 「俺がいたらアイツ来ねぇだろ、ここはもうやーちゃんの場所だからな。あのクソガキの邪魔しない俺って、すげぇイイお兄様」 「そうね、そこだけは褒めてあげるわ。それで、そんなイイお兄様やってる貴方が、どうして星ちゃんを連れてうちに来たのかしら?」 ランさんから差し出されたペリエを受け取り、軽く頭を下げて。飛鳥さんの隣に腰掛けたオレは二人の話を聞きつつ、ランさんと飛鳥さんの動きをじっと観察していた。 お絞りとセットで出てきたペリエと、飛鳥さんの前には磨かれた灰皿をそっと置くランさん。その気遣いが当たり前のように、スーツの胸ポケットから煙草を取り出した飛鳥さん。 「ランちゃん、やーちゃんのこと教えて。アイツが今までどんなふうに、この子猫ちゃんを可愛がってきたのか……お前なら、知ってんだろ」 大人な二人が醸し出す空気は、雪夜さんが愛されていることを物語っているようだった。

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