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第716話
「さて……この場は丸く収まっているけれど、飛鳥、貴方は肝心なこと忘れてるんじゃないかしら?ここにはいない雪夜に、今日のことをなんて説明するつもりでいるの?」
店内に漂っていた穏やかな雰囲気が薄れていき、ランさんの言葉とともに、お店の空気が張り詰める。
「抜け目ねぇな、ランちゃん」
新しく取り出した煙草を一本咥えて、流し目でランさんを見た飛鳥さんはそう言って煙を吐いていく。
「当たり前じゃないの。あの子がこの状況を知ったら、星ちゃん以外の私と飛鳥は間違いなく殺されるわ」
オレの横に立っていたランさんは、オレの頭から手を離してオレの隣に腰掛ける。飛鳥さんとランさんのあいだに挟まれ、オレは二人の会話を遮るように声を出す。
「あのっ、ちょっと待ってください。いくら雪夜さんでもそんなこと……事情を話せば、分かってくれると思います。なんて説明したらいいのかは、よく分からないですけど」
殺されるってのは、大袈裟だと思う。
でも、雪夜さんってオレと一緒で結構嫉妬深いところがあるから……飛鳥さんとランさんがどうなるのかは分からないけれど、オレは確実にお仕置きコースまっしぐらなんじゃないかと思ってしまった。
意地悪な雪夜さんも嫌いじゃないし、オレと同じ独占欲が雪夜さんにもあるんだって感じられることは嬉しいけれど。オレがぎゅって抱き着きついて甘えたいのを知っているのに、お仕置きとか躾けって名目になると、あの人は必ずオレの手を拘束するからオレは困ってしまうんだ。
今までの経験からすると、自分でも何を言ってるのか分からなほどに泣かされて、途切れ途切れの記憶しか残らないくらいに容赦なく抱かれるのが目に見えている。
それじゃなくても、全然会えないのに。
数ヶ月後、やっと再会できたときに、もしもそんなことされたら……オレはきっと、泣きわめくどころじゃ済まない気がするから。
飛鳥さんはオレと雪夜さんの関係を受け入れてくれて、オレにとっては飛鳥さんとこうして話せたことはとても貴重な時間だけれど。雪夜さんのことを考えると、やっぱり出逢っちゃいけない人だったんじゃないかって。
オレが一人でうーんと考え込んでいるうちに、飛鳥さんとランさんの会話は続いていく。
「星ちゃんと飛鳥が出会っただけでも、雪夜からしたら面白くないはずだわ。私がいながら、星ちゃんが飛鳥に口説かれてたなんて知ったら、あの子研修ほったらかしてすっ飛んでくるわよ?」
「心の狭い男だぜ。まぁ、そこがアイツの可愛いとこなんだけど……寝とってねぇだけいいじゃねぇか、これで俺とやーちゃんはお相子だ」
「貴方が星ちゃんを抱くつもりなら、最初からうちになんて来ないでしょうしね……そんなことは雪夜だって分かるわよ、あの子はそこまでバカじゃないもの」
「問題は、その理屈であのクソガキの感情が抑えられるかってことだろ?いつまでも子供じゃねぇんだ、何のための研修か、アイツだって理解してる」
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