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第717話
離れているあいだ、お互いのことは分からない。ここにいるオレたち三人が、雪夜さんに今日起きたことを伝えなかったら、雪夜さんは何も知らないまま過ごすことができる。余計な心配をかけるくらいなら、何も言わない方がいいのかもしれない。
嘘をつくわけじゃない。
ただ、言わないだけ。
それでもいいんじゃないかと、そう思いかけていたオレの考えを止めたのは、大人な二人の意見だった。
「感情だけで突っ走れるほど、世の中甘くねぇ……あのクソガキ自身が、そのことを今一番感じてるはずだ」
雪夜さんが誰といて、どんなことをしているのか。それはオレたちには分からないけれど、雪夜さんは遠く離れた地で、多くのことを学んでいるだって。飛鳥さんの言葉が、オレに教えてくれた。
「確かに、そうかもしれないわ……ダメね、私が雪夜を懸念しちゃ」
初めて見るランさんの不安そうな表情は、少しずついつもの笑顔に戻っていく。
「心配する必要ねぇだろ、やーちゃんは俺の弟だしな。ランちゃんは、アイツ対して甘過ぎんだよ」
「甘くもなるわよ、あの子の苦労も知らないで……飛鳥、少し見ないあいだに随分といい顔するようになったじゃない。私が知らないうちに、貴方も大人になったのね」
「うっせぇオカマ」
「そういうところ、雪夜さんそっくりです」
煙草を吸いながらそっぽを向く飛鳥さんを見て、感じたことをつい口走ったオレはクスッと笑ってしまう。
「俺がアイツに似てんじゃなくて、アイツが俺に似てんだよ……ったく、星君の頭ん中はやーちゃんでいっぱいだな」
オレにかからないように、煙草の煙を宙に吐いて。そう言った飛鳥さんは、にこやかに微笑んでくれるけれど。
「雪夜と星ちゃんとのあいだに、飛鳥が入る隙なんてないわよ。飛鳥、貴方初めてフラれたんじゃない?やだわ、初黒星おめでとうっ!」
「今日は、ノーカウントに決まってんだろ。俺がマジなら、星君が持ってるアイツん家の合鍵奪って、そのままやーちゃん家に連れ込んで犯すしな」
「ムードの欠片もないわね、というよりそれはもう犯罪だわ。レイプよ、レイプ」
「そうなんねぇように口説いてやんだ、俺を誰だと思ってんだよ?」
「下半身が物凄くだらしない変態ってとこかしら?貴方が本気になる相手が現れているなら、話は別だけど……最初から遊びの付き合いしかしないんだから、今日だってカウントされるはずよ?飛鳥がフラれた記念に、今日はお赤飯でも炊こうかしらね?」
「……勝手にしろ」
大人げなく拗ねる飛鳥さんと、これまた大人げなく飛鳥さんを揶揄うランさん。そんな二人のあいだに挟まれているオレは、なんだかとても安心して。
信用とか、信頼とか。
兄ちゃんが前に教えてくれた言葉の意味は、まだなんとなくしか分からないけれど。きっとこんなふうに雪夜さんを信じることが大事なんじゃないかなって、オレは思うことができたから。
大切なことに気付かせてくれた飛鳥さんとの出逢いに、オレは心の底から感謝していた。
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