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第718話
ランさんのお店を後にし、飛鳥さんに雪夜さんの家のマンションまで送ってもらって。オレがステラを抱き締めるころには、すっかり夜になっていた。
やーちゃんがいないあいだ、もしものことがあったら連絡しろって。オレが車から降りるとき、本当に連絡先を教えてくれた飛鳥さんから渡された名刺を眺め、オレはソファーに転がると自分のスマホと名刺を交互に見て溜め息を吐く。
「……ステラ、やっぱり雪夜さん怒るかな?」
問いかけた言葉に、ステラからの返事はない。
でもオレは、大丈夫だよってステラが言ってると勝手に解釈し、今日飛鳥さんに会ったことを雪夜さんにLINEする。
詳しく説明できないから、昼間に飛鳥さんと偶然会ったことと、飛鳥さんに連れられてランさんのお店に行ってきたことだけを文にして。それを恐る恐る送信したオレは、壁にかかっている時計を見て時刻を確認した。
スペインから移動して国が変わっても、ヨーロッパ圏内にいる雪夜さんとの時差はそれほど変わらない。こっちが夜なら向こうは昼、約7時間くらいの差だけれど。
その時間の差が、オレと雪夜さんを繋ぐ言葉の邪魔をする。先日、スペインから無事にドイツへ辿り着いたらしい雪夜さんは、今頃何をしているんだろうって。
1日数える程しか連絡が取れない中、できれば声が聴けたらいいと……そう思って目を閉じたオレは、部屋に鳴り響いた着信音にびっくりしてしまった。それでも慌てて目を開け、スマホに表示された通話ボタンをタップしたけれど。
『兄貴に会ったってどういうことだ、なんですぐ俺に連絡しなかった。星、お前今何処にいんだよ』
聴こえてきた声は、間違いなく雪夜さんの声なのに。 もしもしとか、こんにちはとか。そういった挨拶もなく、いきなり用件を問いただす雪夜さんの声は普段よりも低く響いて聴こえて。
……この人、やっぱり怒ってる。
そう思ったオレは、少し悲しくなった感情をなるべく声に出さないように口を開く。
「あの、ごめんなさい。えっと、ちゃんと説明するのでそんなに目くじら立てないでください……オレは今、雪夜さんのお家に一人でいます。雪夜さんが心配するようなことは、何もないので安心してください」
『あのクズ野郎が、何もしねぇーなんてことはありえねぇーんだ。星、お前を責めるつもりはねぇーから、飛鳥にされたこと全部吐け』
いつもより口調が荒く、でもさっきより優しくなった雪夜さんの声に苛立ちが混じって聴こえる。オレより飛鳥さんのことをよく知っている雪夜さん……兄弟なんだから当たり前のことだけれど、雪夜さんに隠しごとは通用しないんだって実感したオレは腹を括った。
「飛鳥さんに、やーちゃんの子猫だろって言われて……それでその、あの……性別確認のために、一瞬だけ……」
男の子の大事な場所を、触られました。
とはさすがに言えなくて、口籠ってしまったオレの耳に聞こえてきたのは。
『……殺す』
大げさでもなんでもない、その一言だった。
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