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第719話
詳しく言わなくても、伝わってしまったこと。
更にその先があるのに、オレは怖くて言えなかった。
お姫様抱っこで車まで運ばれたことも、顎を掴まれ囁かれたことも、抱き締められたことも。よくよく考えてみれば、そこまでされていて心配しないでって言う方がどうかしている。
安心して、なんて。
なんの説得力もない言葉を、オレは雪夜さんに言ってしまったんだって思って言葉が続かないけれど。
『星、ゆっくりでいいから話して。俺はお前の言葉を信じるから、だから何がどうなってんのか教えてくんねぇーか?』
さっき呟いた暴言が嘘のように、そう言ってくれた雪夜さん。オレを責めることはしないと言ったその優しさの裏で、隠し切れなかった苛立ちを堪えようとする雪夜さんは、オレを信じてくれるから。
オレは飛鳥さんから貰った名刺を眺め、深呼吸した後に言葉を紡いでいく。
「飛鳥さんはオレと雪夜さんの関係を知って、オレたちの付き合いを認めてくれました。触れられたことはびっくりしたし、最初はどうしようってパニックだったけど……でも、飛鳥さんはオレに言ってくれたんです」
オレの話を聞きつつ、雪夜さんが煙草に火を点け呼吸する音が聞こえる。無言のままの雪夜さんからは聞く姿勢が読み取れて、オレは話を続けようと思った。
「雪夜さんのことが好きなら、他の誰にも懐いちゃダメだよって。雪夜さんがいないあいだにもし何かあったらその時は、俺を頼ればいいからって……連絡先、教えてくれました」
大きく吐かれた溜め息に、どんな意味が込められているのかオレには分からない。嫉妬や憎悪や後悔、そのどれとも違う気がする電話越しの雪夜さんの雰囲気。
『……あのクソ兄貴、カッコつけやがって。すげぇー気に食わねぇーけど、お前が無事ならそんでいい。会っちまったもんはしょうがねぇーしな、俺にできることは限られてるし』
ある程度詳細が見えてきたのか、雪夜さんは苦笑いしている様子で。いつも通りの甘く優しい声色に戻った雪夜さんは、きっと安心してくれたんだってオレは思った。
「飛鳥さんも、ランさんも、雪夜さんのこと気にかけてました。飛鳥さんは不思議な人でしたけど、雪夜さんのこと大事に思ってくれてます。あ、もちろんオレも……雪夜さんのことを、オレは一番に思ってますから」
『星、ありがとう。できることなら、今すぐお前を抱き締めてやりたい。すげぇー愛してんだ、星……傍にいてやれなくて、ごめんな』
「謝らないでください。研修行ってほしいって、雪夜さんに頼んだのはオレですもん。オレも雪夜さんが大好きだから、だからオレは大丈夫です」
そう伝えても、上手くは笑えない。
何一つ間違っていないオレの本心なのに、思いを声に乗せるだけで胸が痛くなる。
オレも。
できることなら、今すぐ雪夜さんに抱き締めてほしい。雪夜さんじゃなきゃ、オレの心もカラダも満たされることはないんだから。
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