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第720話
【雪夜side】
一難去ってまた一難、とはよく言うが。
王子と執事の一難は去ることなく、相変わらずな柊との関係も変わることがない俺の元に届いた一通のLINEは、更なる難を呼び込んだ。
雪夜さんがいる。
前回はその一言だけだった文。
今思えば、それは一体どれだけ安心できるものだったんだろうと思う。飛鳥に会ったと、あのクズと話をしてランの店にまで行ってきたって……星から届いた文面を確認した俺は、今がオフの時間であることに感謝した。
ドイツと言ったら、ビールとソーセージ。
そう思っていた俺だったが、新たに訪れた研修の地は昼間のカフェも小洒落ていて。こんな雰囲気なら、星くんは喜んでミルヒライスとか食うんだろうと考え、独りカフェでコーヒーを飲んでいた俺は、まだ半分も口を付けてないコーヒーカップを置き去りにして店を出た。
星のことを思い、それなりに穏やかだった俺の気分を一気に掻き乱されて。俺の怒りの矛先が向いているのは、間違いなくあのクズ兄貴なのに。
罪はないはずの星に連絡を入れた俺は、募る苛立ちを抑えきれずに口を開いてしまう。そこから……俺が殺すと吐き捨てるまでのあいだ、俺は星に何を言っていたのか、正直よく分からなかった。
ただ、心配で。
いくらあの兄貴が、好きに生きろと言ってくれたところで、星に手を出さないとは言っていない。竜崎さんを抱きかかえ、好きだと囁かれた俺に、もしもあのクズが嫉妬していたとしたら。
倍返しなんて、可愛いもんじゃ済まされない。
俺の考えが甘かったのか、俺がまだまだガキなのか。飛鳥からの言葉は、何時だって半信半疑だ。
俺の兄としてではなく、男として星に近付いていたとしたら。心のどこかで兄貴を信じられない俺は、大丈夫、心配しないで、安心して、と……そう言ってくれた星にどんな言葉を伝えたのだろう。
飛鳥に会って。
星は何を思い、何を考え、何を感じたのか。
揺るがないと思っていた愛でさえ、消えてしまうのではないと不安で堪らかった。
一番出逢ってほしくない相手に、出逢ってしまった星。俺がいない時間を、もしも埋められるとしたら……それは飛鳥なんじゃないかと、無意識に考えてしまうことが嫌だった。
俺より遊び慣れてる兄貴、俺がいるとアイツが錯覚するほど俺に似ている男。俺と似たような声、俺と同じ色の瞳に、同じ色、同じ髪質の飛鳥。
俺は飛鳥とは違うって、何百回だって思ってきたってのに。どうしてこんな時にだけ、同じだと思ってしまうのだろう。どうして、星の言葉すら信じてやれないんだろう。
辿々しく、言葉を紡ぐ星の声が聞こえる。
お前は俺のだろって……可愛い仔猫の言葉を遮り、本当はそう言ってやりたかった。
握り締めたスマホは、壊れるんじゃないかと思うくらいに熱くなる。それなのに、俺は酷く冷めた頭で星に告げてはいけない言葉を口走っていた。
『……殺す』
そう呟いた俺は、そのまま大きく息を吐くことしかできなかった。
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