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第724話

「雪夜クン、今日はわりと機嫌が良さそうな顔をしているね。オフの時間で、何かいいことでもあったのかい?」 星との通話を終えた後、一度ホテルに戻り団体行動でやって来たのは、とあるサッカースタジアム。夜から行われる試合観戦のため、観覧席に腰掛けている俺に話しかけてきたのは柊だった。 「別に、なんもねぇーよ」 「その返答をするってことは何かあったってことだ、雪夜クンって可愛いとこあるよね」 相変わらずキモい柊の言葉を無視し、俺はスタジアム内を見渡す。国が違えど、サッカーの楽しさは共通して分かるのだから人間ってもんは不思議だ。 まぁ、なにもサッカーに限ったことではないんだろうが。試合開始前から騒いでいるサポーターを眺め、俺がそんなことを思っていると、俺の隣にいる竜崎さんが口を開く。 「白石コーチ、雑談も大切ですよ」 クスっと笑われ、そう言われて。 俺が柊をシカトしていたことが、竜崎さんにバレているんだと思った。俺を挟んで、右に柊、左に竜崎さんがいる。 これは遊びじゃなく、研修。 可愛いと言われ、うっせぇークソ野郎と返していいのなら話は別だが。うっとおしい柊との会話も仕事のうちなのかと思うと、溜め息しか出ない。 しかし、上司に見張られている今の状況じゃ、俺は大人しく竜崎さんに従うしかなくて。 「あざーす、柊コーチ」 これっぽっちも思ってない礼を言い、俺は柊を睨みつけた。セットされた髪はいつ見てもキモいと思うし、満足そうに笑う表情もやっぱキモい。 「そういうとこ、ホント可愛い」 ……キモさ倍増させてんじゃねぇーぞ、このクソ野郎。 内心そう思いつつ、ショップのバイトも時には役立つことがあんだなと思った俺は、仕事モード全開で微笑んでみせる。 「俺のことはどうでもいいんで、もっと楽しい話してくださいよ。せっかくスタジアムにいんだし、今日のスタメン予想とかどうスっか?」 久々の営業スマイルに、少しだけ寒気がする。 よくもまぁ、こんなことを平気な顔してやってたな俺……なんて思えるのは、コーチの仕事なら飾らずにありのままの自分でやっていけるからなのかもしれない。 「強がりでクールな感じも好きだけど、その爽やかな笑顔もなかなか……スタメン予想、しようか。竜崎コーチも一緒に、どうです?」 「そうですね、まだ試合開始のホイッスルが鳴るまでには時間がありますし。ホームチームの監督になった気分で、それぞれ予想してみましょう」 俺の態度が、少しばかり変わっただけ。 ただそれだけなのに、周りにいる人間の態度も変わる。昨日までは理解していてもできなかったこと、それをする気になれたのは、悔しいけど兄貴のおかげだ。 まだ星に会うことはできないが、それでも俺はこの場所で成長していかなきゃならない。星のためでもあり、俺自身のために……時にはこうして作り笑いで場に溶け込むことも、重要なことだと思えたから。

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